Takanori Makes Revolution

先日、チームメンバーでランチに行くことがあった。いつもはそれぞれで済ませているのだが、その日はたまたま「会社の近くに定食屋ができた」という話題になり、皆で行くことになったのだ。

職場から歩くこと五分。俺たちは目当ての店に到着した。清潔感のある白壁の建物で、見た目は定食屋というよりカフェといった感じだ。実際、コーヒーやスウィーツなどのカフェメニューも出しているらしい。

「わー思ったよりオシャレですね!」

吉田さんのテンションが上がる。

「たしかにいい感じだね」

定食屋と聞いて初めは難色を示していた長谷川さんも気に入ってくれたらしい。

「だろ?」

この店を提案した松さんがここぞとばかりに胸を張った。課長がそのやりとりを無視して店に入っていく。

店内も白を基調としたオシャレなつくりである。俺たちは感じのいい店員さんに誘導され、大きなテーブルの席に通された。

「わーこれ絶対おいしいやつー!」

吉田さんがあるメニューを指差して言った。俺は「食べたことがないのになぜ絶対と言えるのだろう」と思った。だが、彼女の指先の「名物 パリパリチキン定食」は確かにおいしそうだった。この店のイチオシメニューらしく、大きな写真も添えてある。

結局、吉田さんの言葉に影響され、全員がそのメニューを注文した。

しばらくして五つの定食が運ばれてきた。写真通り、とてもおいしそうだ。

皆揃って熱々のパリパリチキンを口に運ぶ。

「……」

無言の時間が流れた。なんとも言えない空気である。その理由は明らかだった。ズバリ、おいしくないのである。とにかく味付けが薄すぎる。ただ肉を焼いただけのような味気なさだ。そもそも、オープンしたばかりなのに「名物」と付いている時点で怪しいと気づかなければいけなかった。

「なるほど」

課長がぼそりとつぶやいた。俺も「なるほど」と続けた。それしか言葉が出てこなかった。

その時、松さんがポケットからおもむろに小瓶を取り出した。俺にはそれがなんなのかすぐにわかった。

松さん特製スパイスだ。

このおじさんはスパイスへのこだわりが異常に強い。普段デスクで食べているコンビニ弁当にも振りかけている。聞くところによると、十種類以上のスパイスを混ぜ合わせた松さん独自のブレンドらしい。赤や黄色や紫などの粉が混在しており、実に怪しげだ。見るだけで食欲が減退する。

松さんは慣れた手つきで小瓶の蓋を開け、パリパリチキンに振りかけた。チキンは見る見るうちに独特のスパイス色に染まる。

「これかけた方が絶対うまいぞ」

松さんが口をモグモグさせながら言った。そして「皆もかけるか?」と続けた。

俺は正直戸惑った。普段ならこんな得体の知れない粉を振りかけようとは思わないが、超絶味気ない料理を前にすると「振りかけるのもやむを得ない」と思えた。だが、一番手を名乗り出る勇気がない。松さん以外の全員が俺と同じ気持ちだったと思う。

「しげるさん、かけてみてくださいよ」

声の主は長谷川さんだった。その言葉にはおそらく「男なら勇気出しなさいよ」と言う意味が込められている。シャ乱Qもビックリのズルい女だ。俺は「ここで振りかけないと男が廃る」と謎の男気を発動させ「そこまで言うなら」と答えながら、松さんから小瓶を受け取った。

1、2、3と瓶を振りスパイスを振りかける。改めて見るとやはり怪しげな色だ。「ゆかり」みたいな紫色の粉はいったいなんなのだろう。いっそのこと「ゆかり」であってほしいと思った。

全く食欲をそそらない見た目だが、ここまで来たら覚悟を決めるしかない。俺は震える手で箸を取り、チキンを口に運んだ。

結論から言うと、凄くおいしかった。辛いや甘いなどという言葉では表現できない深みがある。まさに革命的と言っていい程のおいしさだ。

俺の感想を聞いて、長谷川さん、吉田さん、課長も試すことを決意した。結果、絶賛の嵐だった。皆「おいしい」と口を揃えた。

松さんのおかげで、全員がパリパリチキンを完食できた。この特性スパイスは、その革命的なおいしさと、松さんの名前が貴教(タカノリ)であることから、T.M.Revolutionと名付けられた。

数日後、ある用事で松さんの自宅を訪ねる機会があった。会社に忘れた財布を届けてほしいと連絡があったのだ。時刻は18時過ぎだったと思う。その日は金曜日で、「週末に財布がないと困るから頼む」と懇願されてのことだった。松さんは定時で退社しており、既に自宅に到着してしまったとのこと。残業中だった俺は正直「めんどくさ」と思ったが、松さんの家から俺の家までのタクシー代は出してくれると言うので引き受けることにした。

自宅に到着しチャイムを押すと、ジャージ姿のマツさんが出てきた。

「悪いな。ありがとう。助かったよ」

財布を渡すとすごく感謝してくれた。

「せっかくだから飯食っていけよ」

そして、夜ご飯を食べていくよう促してきた。

「せっかくですが、遠慮しておきます」

「いいからいいから。どうせ一人でコンビニ弁当でも食べるんだろ?」

確かに帰りにコンビニに寄って帰ろうと思っていた。

「まあ、はい。でも、ご家族にも悪いですし、今日は帰ります」

「気にするなって。むしろウェルカムだから。じゃあ早速入って」

断る俺を強引に誘ってくる。「な?いいだろ
?」と言いながら腕を掴んで引っ張ってきた。凄い圧力だ。

俺はそのハイプレッシャーに負け、松さんの家で夕飯をご馳走になることにした。

「いつも主人がお世話になっています」

家に上がると、奥さんが出迎えてくれた。穏やかで、人の良さそうな女性だった。

「しげるさん、お久しぶりです」

娘の愛子ちゃんもいた。この子とは前に一度会ったことがある。生まれつきの全盲で目が見えないが、そんなことを感じさせないくらい明るい女性である。(記事「レット・イット・ビー」参照

「ちょっと部屋着に着替えてくる」

松さんはそう言い残して別の部屋へ行ってしまった。

リビングに入ると、既に豪華な夕飯がテーブルに並べられていた。サラダやスープ、唐揚げなどである。なんと、全て松さんがこしらえたものらしい。料理をするなんて聞いたことがなかったので驚いた。

それとなくキッチンを見ると、棚にたくさんのスパイスが並んでいる。特製スパイスは、あれらをブレンドしたものなのだろう。

しばらく三人で談笑していると、松さんが戻ってきた。

見ると、なぜか短パンに着替えている。

すごく短い短パンから、ムッチリとした白い足が伸びている。意外にも毛は薄く、脱毛後のようにツルツルの肌だった。まさに「ナマ足魅惑のマーメイド」である。

「最後の一品作るからゆっくりしてて」

マーメイドは俺にそう告げると、エプロンをつけてキッチンにたった。

俺たちはまた三人で談笑を始めた。奥さんは優しい人で、「ビールでも飲みますか?」「唐揚げ食べてくださいね」などと、俺のことを気遣ってくれた。愛子ちゃんは作曲家を目指していると教えてくれた。「聞いた人を元気付けるような曲が作りたい」と夢を語る姿は、若さに満ち溢れている。

「できたぞ」

松さんがテーブルに最後の一品を置いた。何やら奇妙な球体だ。見た目はミートボールや丸いつくねに近い。おそらく、挽き肉を丸めて焼いたものと思われる。ただ、一箇所だけおかしな点があった。それは色だ。ベースは肉を焼いた色なのだが、ほんのりと青みがかっている。なんだか怪しげで、食欲を減退させる色合いだ。

「さあ食べよう。いただきます」

松さんの発声とともに、皆揃って箸を取った。

「しげる、まずこれ食べてみろ。出来立てが一番うまいから」

そう言われて指定されたのは、例の球体だった。

「こ、これなんですか?」

俺は恐る恐る尋ねた。こんな得体の知れないもの、本当は食べたくない。

「まあ、肉に色々なスパイス混ぜて焼いたやつだ。騙されたと思って食べてみろ」

色々ってなんだよ…と思ったが、食べる前からあまり細かく聞くのも失礼だと思い、グッとこらえた。

「じゃ、じゃあ、いただきます」

俺は覚悟を決めて「肉に色々なスパイス混ぜて焼いたやつ」を口に運んだ。心なしか、手が震えている。

二度、三度とゆっくり咀嚼する。

「うんま~~!!」

思わず大きな声が出てしまった。それは予想の遥か上を行くおいしさだった。まさに革命だ。特性スパイスに続き、貴教がまた革命を起こした。

二度目のT.M.Revolution…

いや、それを超えて、the end of genesis T.M.R. evolution turbo type D だ!!

結局俺は、その肉の球を十個程たいらげた。他の料理もおいしくて、ここぞとばかりにたくさん食べさせて頂いた。

「ごちそうさまでした!」

俺がひとしきり食べ終えた時、松さんは酒に酔ってソファーで寝てしまっていた。

「この人、いつもこうなの」

奥さんはそう言って幸せそうな笑顔を見せた。

「これからもこんなバカな父をよろしくお願いします」

愛子ちゃんの言葉には父への愛が溢れていた。

俺はトドのように横になった松さんを眺めた。Tシャツがめくれあがってヘソが丸出しだ。

まさに「ナマ足ヘソ出しマーメイドだ」と思った。

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