今回も前回に引き続き、やる気を高めてくれる名言を紹介していく。
「家中くまなく探したが、どこにも『やる気』が見つからない」
そんなあなたも大丈夫。あなたのやる気はここにあります。
【夢や目標を持つことの大切さに気付かせてくれる名言】
①「人生が夢を作るんじゃない。夢が人生をつくるんだ」
ーーー大谷翔平
夢や目標の大切さを語るなら、大谷選手は絶対外せない。説明不要だと思うが、プロ野球の常識を塗り替える「二刀流」を成功させた世界最高の野球選手の一人だ。投げては160km/hを超える剛速球、打ってはメジャーリーグで本塁打王。それでいて人間性も素晴らしい。まさにパーフェクトヒューマンなのである。
「人生が夢を作るんじゃない。夢が人生をつくるんだ」
この言葉からもわかるように、大谷選手は夢や目標を重要視して生きている。それを物語るエピソードとしては、高校生の時に作成したマンダラチャート(目標達成シート)が有名だ。
マンダラチャートとは、目標とそれを達成するために必要な要素、行動をわかりやすく可視化するフレームワークだ。9×9のマス目から構成される。まず中心のマスにもっとも重要な目標や夢を記入し、その周りの8つのマスに達成するために必要な要素を書く。これで真ん中の3×3のブロックが出来上がる。次に、周囲を囲む3×3のブロックそれぞれの中心のマスに8つの要素を記入し、その周りの8つのマスに具体的な行動を書く。これで完成だ。

高校一年生の大谷選手は、マンダラチャートの中心に「ドラ1 ・8球団」(ドラフト1位指名を8球団から受けること)と記入した。そして、8つの要素として「体づくり」「コントロール」「キレ」「スピード160km/h」「変化球」「運」「人間性」「メンタル」と書いた。野球のことだけでなく「運」や「人間性」まで要素に挙げている点には脱帽である。ちなみに、球速160km/hは高校三年生の時に見事達成している。
「頭で最初に考えて、そして後からモノができる。160キロ投げている姿がある。そこに後からできる現実がある」
こうも語っているように、大谷選手にとって目標とは「なれたらいいな」ではなく「既に実現した現実」なのである。
世界的に活躍したスポーツ選手には、このような思考の人が多い。彼らは子供時代の作文に、具体的な将来の夢を書いていたりする。
例えば、名言①の記事でも取り上げたイチロー選手の作文には「僕の夢は一流のプロ野球選手になることです」から始まり、球団や契約金まで具体的に書かれている。
プロゴルファーの石川遼選手が小学六年生の時に書いた作文には、二年後、三年後、四年後、六年後、八年後と、二十歳になるまでの目標が時系列で書かれている。日本男子ツアーでの史上最年少優勝などの偉業は、このような明確な目標があったからこそ成し遂げられたのだろう。
サッカー選手の本田圭佑選手の作文も有名だ。次の一文から始まる。
「ぼくは大人になったら世界一のサッカー選手になりたいと言うよりなる」
冒頭からいきなり気持ちの強さが伝わってくる。本田選手は2014年にイタリアのサッカーリーグ・セリエAの名門クラブであるACミランに背番号10番で入団したが、この作文には「セリエに入団します。そして、レギュラーになって10番で活躍します」と書かれていた。
②「あなたができると思えばできる。できないと思えばできない。どちらにしてもあなたが思ったことは正しい」
ーーーヘンリー・フォード
これは「自動車の育ての親」とも呼ばれるヘンリー・フォードの名言だ。最後の「どちらにしてもあなたが思ったことは正しい」という部分に目標達成の本質があると思う。たとえゴールが現在地からはるか遠い場所だとしても「できる」と信じて諦めずに行動すれば、いつかは到達することができる。この場合、あなたが思ったことは正しかったということになる。逆に「できない」と考えれば、努力も続かずゴールに到達することはできないだろう。この場合も、あなたが思ったことは正しかったということになる。結局自分が思った通りになるなら「できる」「できない」どちらを信じた方が充実した人生を送れるだろうか。
フォードは人生において数々の夢を掲げ、その多くを達成した。その一つが「自動車を日常的な移動手段にすること」だった。それ以前の自動車は、一部の富裕層しか所有できない非常に高価なものだった。そんな中フォードは、一般大衆でも購入できる安価で性能の良い自動車の製造に尽力した。彼が実行した徹底的な効率化や革新的な製造手法の導入は、その後の製造業の教科書になったとも言われている。このような努力の末に生まれた自動車「T型フォード」は爆発的な人気となり「自動車を日常的な移動手段にする」というフォードの夢は現実になったのである。
③「夢見ることができれば、それは実現できる」
ーーーウォルト・ディズニー
次に紹介するのは、ディズニーランドの生みの親、ウォルト・ディズニーの名言である。
「大人も子供も楽しめるテーマパークをつくりたい」
アニメの世界で成功していたウォルト・ディズニーは、いつからかそんな夢を抱くようになった。テーマパーク建設のために動き出したディズニーだったが、その道のりは決して平坦ではなかった。初めに建設しようとした町には騒音や住環境悪化を理由に拒絶された。ようやくカリフォルニア州に建設地を見つけ土地を確保しても、建設するための資金が足りなかった。融資をお願いしても「成功するはずがない」と誰も相手にしてくれなかった。そもそも資金の目途が立っていない中でディズニーランドほどの大きな施設をつくろうと考えること自体、無謀と言える。だがディズニーは諦めなかった。資金を調達するために、この頃登場した新たなメディアであるテレビに目を付けたのだ。そして、テレビの世界で成功を収めた彼は資金調達に成功する。こうしてディズニーランドは無事に着工され、1955年にオープンしたのだった。
その後もディズニーの夢は続いていく。次はフロリダ州に広大な土地を購入し、二つ目のテーマパーク「ディズニーワールド」の建設を開始した。しかしこの完成を待たず、ディズニーは1966年12月に肺がんで亡くなってしまう。彼はまさに、亡くなる瞬間まで夢を追い続けた人物だったのだ。
ディズニーワールドの建設はその後、兄のロイ・O・ディズニーの手によって進められ、1971年に「ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート」としてオープンした。その際にロイは、ある記者からの質問にこう答えている。
記者「ウォルトもこの開園を見たかったでしょうね」
ロイ「いえいえ、ウォルトが最初に見たんですよ。そのおかげであなたが今見れているわけです」
ウォルトの頭の中では、夢見た瞬間にディズニーワールドが完成していたのだ。
④「想像できることは、すべて現実なのだ」
ーーーパブロ・ピカソ
このパートの最後に紹介するのはパブロ・ピカソの名言だ。説明不要かもしれないが、ピカソは他と一線を画す作風で多くの名画を残した画家である。本名は、パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソという。これはちょっと長すぎる。
ピカソは生涯で約15万点の作品を残したとされ「最も多作な美術家」としてギネス世界記録に認定されている。また、作風が目まぐるしく変化したことでも有名で、時代によって全く異なる表現で作品を生み出した。つまり彼は、誰よりも多くの「想像」を「現実」にした美術家だと言える。
「想像できることは、すべて現実なのだ」
ピカソが残したこの言葉は、アートの分野だけに限らず「人間の可能性」を普遍的に言い表しているのではないだろうか。世界を変える偉業や革新的な発明も、最初は誰かの「想像」から始まったはずだ。
信念を持って行動を続ければ「想像」はいつか必ず「現実」になる。ピカソが美術の常識を覆す名作を数多く生み出したように。
以上が【夢や目標を持つことの大切さに気付かせてくれる名言】だ。次の記事では、【挑戦することの大切さに気付かせてくれる名言】を紹介していく。


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