【怖い話】親友

これはある男の体験談である。仮に名前をAとしよう。年齢は二十代後半。真面目でおとなしい性格の男性だった。学生時代から人付き合いが苦手で、心から気を許せる友達ができたことは一度もなかった。また、病弱な体質や容姿に関するコンプレックスも彼の苦しみを強める要因だった。

そんな状況に嫌気がさしたAは、25歳くらいから引きこもりがちな生活を送るようになる。工場勤務の仕事にはなんとか出勤できたが、それ以外の時間はほとんど家の中で過ごした。

そんな時、Aに大きな不幸が訪れる。大事に飼っていた猫が病気で死んでしまったのである。小学生の頃に両親にわがままを言って飼わせてもらった「サクラ」と言う名の猫だった。

友達がいないAは幼少期から多くの時間をサクラとともに過ごしてきた。唯一の生きがいと言ってもいい存在の死は、彼の人生に暗い影を落とした。どうしても受け入れることができず、引きこもりがエスカレートしていった。

それから半年ほどが経ったころ、少しだけ前向きになれる出来事があった。職場に友人と言える存在ができたのだ。仮に名前をBとする。食堂で隣の席になったことが出会いのきっかけだった。BはAと似て内向的な性格だったが、その日はなぜか「どうも」と話しかけてきた。

似たもの同士の二人は少しずつ親睦を深めた。次第に自分の生い立ちや悩みを打ち明けるまでに距離が縮まった。Aが悩みを打ち明けると、Bはいつも優しい言葉を返してくれた。

「紹介したい人がいるんだ」

ある日、Bが突然そう言い出した。Aは「誰?」と聞いた。

「俺の友達なんだけど、凄く良い人で、周りの人みんなに慕われてるんだ。Aとも絶対に気が合うと思う」

せっかくできた友達の提案だし、簡単に断りたくない。それに、交友関係が広がることは嬉しいことだ。Aはそう考えて会ってみることにした。

初めは三人で食事をした。その男はXと名乗った。Bの言う通り、とても気さくで良い人だった。こんな性格なら周りから慕われているのも頷ける。純粋にそう思った。外見に関しても、色白で大きな目をしたイケメンだった。非の打ち所がなく、きっと女性にもモテるのだろうとAは思った。

その後、Xとは頻繁に会うようになった。Bを呼ばずに二人で会う機会も増えた。Xはとても裕福なようで、いつも飲食や遊びの代金を払ってくれた。Aが払おうとしても「大丈夫だよ」と言って頑なに払わせてくれない。Xは「投資で稼いでるから問題ない」と言っていた。ときにはバーのVIPルームで飲んだりもした。部屋には決まって綺麗な女性が数人いた。皆Xの知り合いで、一様にXを慕っているようだった。女性たちは、地味なAにもすごくフレンドリーに接してくれる。Aはそれがとても嬉しかった。何もかもが初めての体験で、Aは完全に有頂天になってしまった。

Xはいつも「Aといると楽しい」と言ってくれた。AはそんなXに心から感謝した。初めて本当に信頼できる友達ができたと思った。

そんなある日、AはXから「別荘に泊まり来ないか」と誘われた。Xが保有する別荘に男女4人で遊びに行くという計画だった。期間は二泊三日。もちろんAは行くことにした。

当日、Xの運転する高級車で別荘に向かった。後部座席の女性2人は「楽しみだね」と心を弾ませている。助手席のAも「そうだね」とそれに応じた。

道中、Aは自分以外の三人が十字架のネックレスをしていることに気がついた。十字架の縦と横が交わる部分には赤い宝石が光っている。どうやらお揃いのようだ。

「同じネックレスしてるんだね」

Aがそう言うと、女性のうちの一人が嬉しそうに「そうだよ」と答えた。

車は市街地を抜けて山道を登って行った。その辺りは別荘地のようで、豪華な家が沢山並んでいる。

「俺の別荘はもっと先だよ」

Xはそう言ってさらに先へと車を走らせた。山道を進むにつれて建物はなくなっていく。途中「この先行き止まり」と言う看板が立っていた。

Aが「道間違えてない?」と心配すると、Xは「大丈夫だよ」と答えた。

別荘が立ち並ぶエリアから数キロ走ると、行き止まりに辿り着いた。Xの別荘はその傍らにひっそりと存在した。Aは「なぜこんな山奥に…」という疑問を持ったが、口にはしなかった。

別荘は二階建ての大きなログハウスで、豪華さはないが、綺麗に管理されている印象だった。横には倉庫のような建物が一つある。

Xはログハウスの前の広い庭に車を停めた。四人が車を降りると、どこからともなく一匹の白猫がかけ寄ってきた。

「あとで餌やるからな」

Xが白猫に声をかけた。飼い猫なのだろうか。

「俺、猫好きだからさ。つい餌与えちゃうんだよ。そしたらこんなに増えちゃって」

Xはそう続け、敷地内を見回した。Aも同じように辺りを見回す。驚くことに、そこにはおびただしい数の猫がいた。

「猫って癒されるよな。何匹いても飽きないよ」

Xは無邪気に笑いながら言った。Aは少し奇妙に感じながらも、Xも自分と同じ「猫好き」だと知って嬉しくもあった。

その時、ログハウスから一人の男が出てきた。Aは見覚えのあるその顔に驚いた。なんと、それはBだったのである。

「Bも来てたの?」

Aが呼びかける。

「ああ、Xに部屋の準備を頼まれてね。今終わったところだよ」

Bは答えた。

「そうなんだ。ありがとう。Bも泊まっていくんだろ?」

「いや、俺はもう帰るよ」

BはXに頼まれて部屋の準備だけをしに来たらしい。AはBのことを気の毒に思ったが、Bは「いつもXには良くしてもらってるから、これくらいやらせてもらわないと」と言って帰って行った。

その後、四人はログハウスに入った。まずは中を案内してもらう。女性二人は何度か来たことがあるらしく、風呂やトイレの場所を教えてくれた。一階には広いリビングがあり、2階には四つの個室があった。

各自が個室に荷物を置いたあと、一階に集まって乾杯した。酒を飲みながらゲームなどで盛り上がる。とても楽しい時間だった。

宴会は夜まで続き、女性二人はソファで寝てしまった。就寝時間としてはまだ少し早かったが、昼間から飲酒していたこともあり、Aも眠さを感じていた。

「俺もそろそろ寝ようかな」

Aはそう言って二階に上がろうとした。

「ちょっと待って」

階段を登っていると、下からXに呼び止められた。Aは振り返って「どうしたの?」と聞いた。

「俺たち、親友だよな?」

Xが無表情でそう聞いてきた。

「もちろん」

Aが答える。

「よかった。明日も楽しもう」

Xはそう言って笑顔を見せた。

部屋に入り、少しの時間スマホを触ったあと、
Aは布団に入ることにした。その前にふと窓から外を見ると、隣の倉庫に入っていくXの姿が見えた。手には白猫を大事そうに抱えている。白猫は一匹しかいなかったので、昼間寄ってきた猫で間違いないだろう。Aは窓を開けて声を掛けようと思ったが、疲れもあったのでやめておいた。

翌朝、Aはまだ薄暗いうちに目を覚ました。目が冴えてしまい、もう一度寝ようとしても眠れない。仕方なく、辺りを散歩することにした。

玄関で靴を履き、木製の扉を開ける。庭に出て周囲を見渡すと、隅の方で一匹の猫がAの方を見ていた。

Aは自分の目を疑った。

なんとそれは、死んでしまったはずのサクラだったのだ。顔立ちや毛並み、特徴的な尻尾の形。どれをとってもサクラと同じだった。

Aがその場に固まっていると、サクラは森の中へ入っていった。Aが急いで追いかけると、サクラは少し進んだところで待っていた。Aが近づくと、サクラはまた走り出した。Aはサクラに導かれているような気がして後を追った。

1キロほど進んだころだろうか。サクラの姿が急に見えなくなった。Aは走る速度を早めたが、サクラが見つかることはなかった。

その直後、Aは異様な場所に行きついた。半径2メートルほどの円形の空間だった。周囲は木や草が生い茂っているにもかかわらず、そこだけ植物が何もない。地面にあるのは土だけだ。自然にできるようなものではなく、明らかに人為的につくられた空間だった。

地面をよく見ると、一か所だけ異様な箇所があった。そこだけ固まっていない柔らかい土だったのだ。Aはどうしても気になって、その部分を手で掘ることにした。我を忘れて掘っていると、柔らかい物体の感触が手に伝わった。掘り起こした瞬間、Aは思わず目を逸らした。それは、白猫の亡骸だった。体中に傷があり、一目で生きていないとわかるほど無惨な姿をしている。さらに、首には十字架のネックレスが巻き付けられていた。交点の部分には赤い宝石。X達と同じものに違いない。

「Xの仕業だ」

そう悟ったAは、急いでログハウスに戻った。

白猫のことをXに問いただそうとも考えたが、そんなことをしたら何をされるかわからない。Aは
逃げることを決意した。

だが、Aには移動手段がなかった。車はXのものだし、キーがどこにあるかも把握していない。仕方なく走って山を下りることにした。

いつXが気づいて追いかけてくるかわからない。恐怖を感じながら必死で走る。1時間以上が経ち、ようやく別荘地に辿り着いた。Aはそのまま近くの警察署に駆け込み、事情を説明した。

それから数日が経ち、Aはあるニュースを耳にする。それは、Xが逮捕されたというニュースだった。

情報によると、彼は周囲の人間を洗脳し、支配下に置いていたそうだ。あらゆる手を使って相手の弱みを握り、脅迫や暴力を駆使して逃げ場を断つ。と同時に、ときには大袈裟なほどの優しさを見せて自分への忠誠心を高めさせる。典型的なマインドコントロールのやり口だった。天性の口のうまさや端正な顔立ちも、洗脳の手助けになったのだろう。

Xは多くの女性を騙し、自分の思い通りに動くよう洗脳した。まるで操り人形のように。Aに対するフレンドリーな態度も、Xに指示されてのことだったらしい。

Bは洗脳された人間の中で唯一の男性だった。Xには奴隷のように扱われており、ログハウスの管理も彼の仕事だったらしい。また、BはXから「騙されやすそうな男を探してこい」と指示され、Aに声をかけたそうだ。

なぜXはAと親交を深めようとしたのか。Bのような奴隷にするためなのか。だとしたら、他の洗脳被害者と同じように脅しや暴力を受けていてもおかしくない。だが、AはXからそのような被害を受けることはなかった。それどころか、楽しい思いばかりをさせてもらっていた。では、Xの本当の目的はなんだったのか。

ここからは、洗脳から脱した女性の証言だ。

Xは女性たちとある儀式を行なっていた。それは、猫を殺して土に埋めること。ログハウス横の倉庫で命を奪い、あの円形の空間に埋めるという流れだった。これまでに数十匹が犠牲になったという。ログハウスの周辺にターゲットとなる猫が住み着くよう、Bに餌やりなどの世話をさせていた。

目的については「神に捧げる生贄だ」とカルト的なこと言っていたらしい。女性たちは完全に洗脳されており、盲目的にそれを信じていたのだという。

Xの言動は日増しにカルト的要素を強めていき、最終的には「猫ではなく人間の生贄が必要だ」と言い出した。さらに「ただの人間では効果が小さい。自らと深く関わる者を生贄として捧げる必要がある」と信じるようになった。その結果「親友を殺して生贄にすること」がXの最大の目的となったのである。Aはそのターゲットにされていたのだった。

女性の証言によると、儀式はAが逃げ出した日に決行される予定だったという。つまり、Aは間一髪のところで逃げ出したということになる。

あの時、Aを導いてくれたのはサクラだった。おそらくあれは、Xの正体を知らせるために現れた霊だったのだろう。Aとサクラとの間にはそれだけ強い絆があったのだ。Aはサクラに感謝し、これからの人生を一生懸命生きていくと心に誓った。

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