これは、知人から聞いた恐ろしい話だ。
今から20年くらい前のこと、主婦Aとその家族は住宅街の一軒家に引っ越した。夫婦と息子一人の三人家族だった。中古で購入した一軒家だったが、それまで住んでいたアパートに比べれば随分広い。家族は転居を心から嬉しく思っていた。
新居の隣には空家があった。誰も住まなくなって数年は経っているのだろう。家は風化し、庭は荒れていた。Aはその隣家を見て、言葉では表せない嫌な感覚を覚えた。
数日後、ある程度片付けが落ち着いたので、Aは庭の手入れをすることにした。彼女は植物が好きで、庭のある家でガーデニングをすることが夢だったのだ。息子は学校、夫は会社に行って家にはいない。晴天の下で一人黙々と庭仕事に打ち込んだ。
しばらくすると、どこかで「カサカサ」と音がした。隣の家の庭から聞こえたような気がする。野良猫でもいるのだろうか。Aはすぐに音がした方を見たが、既に静まり返っており、音の正体を特定することはできなかった。
Aは気にせずに作業を進めた。すると、また先程と同じ音がした。今回はそれだけでなく、隣家の庭になんとなく人の気配を感じた。すぐにそちらに目をやったが、そこにはいつも通りの風景があるだけだった。
気のせいだと思い、Aはまた作業を続けた。「カサカサ」という音も、風が草を揺らしただけだったのだろうと考えた。
時間はあっという間に過ぎ、そろそろ息子が帰ってくる時刻だ。Aは家の中に戻ろうと立ち上がった。玄関に向かいながら不意に隣家の庭に目をやる。
その瞬間、Aは心臓を掴まれたかのように驚いた。そこには小さな子供が立っていた。背丈から判断して、小学校低学年くらいだろうか。全身に包帯を巻いている。腕や足だけではない。顔面にも巻かれていて、男か女かも判断できない。辛うじて右目だけが露出しており、その目線はAの方に向けられている。
Aは驚きのあまり声が出なかった。その場から逃げようかとも思った。それくらい異様な光景だったのだ。だが、怪我をした子供が空家に入って遊んでいるだけかもしれない。そう思い、勇気を出して声をかけた。
「こんにちは」
Aがそう言うと、子供は無言のまま空家の裏に走って行った。
翌日もAは同じように庭仕事をした。すると、前日と同じ現象が起きた。定期的に「カサカサ」という音が聞こえてくる。少し不気味だったが、早く庭を完成させたいAは「風が草を揺らす音」だと考えるようにした。だが、音だけでは終わらなかった。前日と同じ時刻に、また包帯の子供が現れたのだ。隣家の庭からじっとAの方を見ている。
「どうかした?」
Aは恐怖を抑えて声をかけた。
すると、子供は前日と同じように家の裏の方に走り去っていった。
その翌日も全く同じことが起きた。Aは息子に「学校に包帯を巻いた生徒はいない?」と聞いたが「そんな子いないよ」という回答だった。
それ以降、Aは楽しみだったガーデニングをやめてしまった。できるだけ自宅の庭に出ないように、そして隣の庭の方を見ないようにして過ごした。
静かな日々が数週間続いたある日の午後、Aはいつものように二階のベランダで洗濯物を干していた。その時、なんとなく自宅の庭に人影を感じた。Aは反射的にベランダから庭を見下ろした。
そこには包帯の子供がいた。隣の家ではなく、Aの家の庭に入ってきて、ベランダを見上げている。全身に巻かれた包帯は以前より汚く、黒い染みが全体に広がっている。Aは恐怖に震えた。
その時、子供が突然Aの家の玄関に向かって歩き出した。Aはすぐにベランダから家の中に入った。階段を降りようとすると、玄関から誰かが入ってくる音がした。間違いなく包帯の子供だ。Aは危険を感じ、二階の部屋に戻った。扉を自分の体で押さえ、開かないようにする。耳を澄ますと、階下から子供が走り回る足音が聞こえてきた。あの子はいったい何をしているのだろう。
「出ていきなさい!」
Aは強い口調で叫んだ。
すると足音が無くなり、家中が静まり返った。Aは「お願いだから出て行って」と心の中で何度も願った。
しかし、しばらくするとまた足音が聞こえてきた。Aはその音が少しずつ近づいて来ていることに気が付いた。あの子供が階段を上っているに違いない。
次の瞬間、とてつもない力で扉が開けられ、Aの体は部屋の隅へと押し飛ばされた。扉の方を見ると、そこに立っていたのはやはり包帯の子供だった。床に倒れこんでいるAを無言で見下ろしている。包帯の奥の右目は、Aを鋭く睨みつけていた。
「出ていって」
Aの声は震えている。
子供はその言葉を無視し、一歩、二歩と前に進んだ。そして、三歩目の足を床に着けると同時にAに襲い掛かった。
Aにはそこから先の記憶が無い。気付いたときには病院のベッドの上にいたそうだ。体中包帯だらけの姿で。
小学校から帰ってきた息子に発見されるまで、Aは一人で気を失っていた。息子は近所の人の力を借りて救急車を呼んだ。Aはなんとか一命を取り留めたが、医者が「こんなにひどい外傷は見たことがない」と言うくらい、全身に深い傷を負っていた。特に顔面は重傷で、ほとんど原形をとどめていない状況だった。左目は視力を失ってしまった。
その後、警察による捜査が進められたが、結局犯人が見つかることはなかった。警察はあまりの凄惨さに、犯人が子供であることを信じてくれなかったらしい。
家族は事件後すぐに家を出て、別の町で新しい生活を始めた。だが、この恐怖体験と全身に残った無数の傷跡は、Aのその後の人生に大きな影を落とした。人前に出ることを避け、最終的には精神を病んでしまったそうだ。
・・・・・・
ここからは後日談になる。
その後、成人したAの息子はこの事件がどうしても気になって、様々な人に聞き込みを行った。その中で、周辺の住民から奇妙な情報を入手した。
事件現場となった新居には、A一家の前にも、ある家族が住んでいた。両親と子供一人の三人家族だったらしい(仮にX家とする)。また、事件当時空家となっていた隣家にも、同様に三人家族が住んでいた(仮にY家とする)。
この二家族には、ある問題があった。X家の妻とY家の夫が不倫関係にあったのだ。初めはよくある隣人同士の付き合いだったが、次第に仲が深まり、男女の関係に発展したらしい。男性側は遊びの関係として捉えていたが、女性側は本気だった。次第に自分の感情をコントロールできなくなり、男性に「奥さんと別れて私と再婚して」と迫るようになった。男性は女性のことを疎ましく思うようになり「子供がいるから離婚はできない」と冷たくあしらい、関係を切ろうとした。
しかし、女性の気持ちはそれでも冷めなかった。それどころか、男性を自分のものにしたいという気持ちが強まり、Y家の子に憎しみを抱くようになる。
憎悪は日に日に強まり、最後には明確な殺意となった。
「お前さえいなければ」
女性はそう叫びながら、一人で下校中だったY家の子を襲った。
体中を刃物で刺したらしい。特に顔面は、医者も目を伏せたくなるほどの状態だったという。
被害を受けたY家の子は、全身に包帯を巻かれた状態で生死の境を彷徨い、苦しみの末に命を落とした。
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恐ろしい話だが、Aを襲った包帯だらけの子供の正体は、この事件の被害者の霊だったのかもしれない。


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