完璧な男

世の中には何もかも完璧な男がたまにいる。同期入社のルイがそうだ。名前からしてかっこいい。漢字は確か「瑠偉」と書く。ハーフっぽい名前だが純日本人だ。こういうハイセンスなネーミングができる親が羨ましい。俺なんて、しげるだ。全国のしげるを敵に回すかもしれないが、正直ダサくないか?名付けられた時点でかなり出遅れている気がする。

でも、名前のせいにしていては何も始まらない。事実として、活躍しているしげるだっているのだ。例えば、松崎しげるとか、泉谷しげるとか、水木しげるとか…

ルイは本社でマーケティングの仕事をしている。入社直後は俺と同じく地方の支社に営業として配属されたが、そこで早々にトップセールスとなり、本社に引き抜かれたのだ。役職も順調に上がっており、同期の出世頭である。何をやらせても完璧で、女性社員からも大人気だ。

そんなルイが今日、俺の支社にやってくる。たまたまこのエリアで仕事があり、1泊2日の出張で来るのだという。そこまで親しいわけでもない俺に、わざわざ数日前に連絡をくれた。そんなマメさも彼のモテポイントなのだろう。

俺が考えるに、男の魅力には下記のように分類される。

  1. 見た目
  2. 経済力
  3. 仕事力
  4. コミュ力
  5. センス
  6. 優しさ

ルイはこれら全てを備えている。六角形のレーダーチャートを作ったとしたら、俺は間違いなく全ての項目においてルイの内側だ。まず、彼の見た目はファッション雑誌から飛び出してきたようにパーフェクト。顔は正統派のイケメンで、身長は180センチ以上ある。次に経済力・仕事力はというと、先述のように出世頭であり、前代未聞の速さで課長に昇進している。平社員の俺と比べると給料は雲泥の差だ。今後もその差は開いていく一方だろう。次にコミュ力であるが、これも「コミュ力おばけ」と言っても差し支えない程に高い。誰とでもすぐに打ち解けてしまい、気付けば会話の中心にいる。センスについても申し分ない。いつも体にフィットしたスーツを着こなしているし、シャツとネクタイのコーディネイトもシャレている。ベルトや革靴などのアイテムのセレクトも抜群で、ブランドを主張しすぎず、それでいて高級感があるものを常に身に着けている。そして最後に優しさだ。1~5を備えていたとしても、6の優しさがなければ全てが台無しだ。俺のようなモテない男に救いがあるとすれば、他の項目と違い、優しさは自分の意識で高めることができる点である。そう、他の項目で負けていても、優しさを高めることで俺にも勝ち目があるのだ!

だが、結果は惨敗だ。ルイはとても優しい。あれは遡ること6、7年前。新入社員研修での出来事。俺たち新人は仕事関係のとある資格を取るために毎日厳しい講義を受けていた。そんなある日、理解度を確認するためのテストが行われ、最低点だった同期が講師から厳しく叱責されるという場面があった。ちなみにルイは最高点、俺は平均より少し下くらいだったと記憶している。俺はその同期に「ドンマイ、気にするなよ」くらいの言葉はかけたが、内心は優越感に浸っていた。しかし、数日後の再テストで驚くことが起きた。最低点だった同期が大きく得点を上げてきたのである。俺はもちろん追い抜かれた。事情を聞くと、なんとルイが毎晩その同期の勉強に付き合っていたのだという。毎晩スマホゲームに興じてゴロゴロしていた自分が恥ずかしくなった。

とまぁ、ルイは完璧な男なのだ。こういう人間を見ると「何かしらの欠点があれ!」と願うのが人間の性だろう。例えば、私服が壊滅的にダサいとか、部屋が引くほど汚いとか、字があり得ないくらい下手とか…なんでもいい。しかし、ルイを見ている限りそういった事実はなさそうだ。

そんなルイが支社にやってくるということで、朝から皆ソワソワしていた。彼はすごい若手として社内でも有名なのだ。

予定の時間ぴったりにルイが事務所に到着した。中山課長、松さんと、役職順に挨拶を交わしていく。課長の受け答えからは緊張の色が見える。松さんは逆に偉そうにしている。マウントを取っているつもりだろうか。しかしルイはそんなやりづらい二人ともすぐに打ち解けていた。さすがだ。

次に彼は俺に「久しぶり!元気?」と声をかけてきた。俺達はたわいない話で盛り上がった。プライベートの近況報告や、最近の仕事のことなどだ。ルイは社内でも注目されている大型案件を任されているのだという。今回もその関係で重要な打ち合わせがあってこのエリアにやってきたそうだ。今日は午前中事務所で仕事をして、午後から外出するのだと言う。

ひとしきり俺と話したあと、ルイは女性陣にも声をかけた。長谷川さんは初め、いつも通りのドライな対応を取っていたが、時間がたつにつれて普段は見せない笑みを見せるようになった。イケメン大好きの吉田さんは最初からハイテンションだ。目をキラキラ輝かせ、不自然なくらい相槌を打って話を聞いている。

レオと女性陣の話は長く続いた。吉田さんは完全に心を撃ち抜かれたようで、次から次へと話題を振っている。しびれを切らした松さんが「ゴホン、ゴホン」とわざとらしく咳払いをした。咳払いと言うか、もう言葉として言っていた。「そろそろ話やめて仕事に戻れよ」という合図なのだろう。しかし吉田さんは完全無視だ。構わずお喋りを続ける。空気を察知したルイは、うまく話を終結させ、自然に会話を終わらせた。

中山課長がルイを空いている席に誘導し「ここ使って」と促す。ルイはにこやかに礼を言って席についた。皆仕事に戻り、事務所にカタカタというタイプ音が響く。少しして、ルイがトイレに行くために席を立った。

松さんがここぞとばかりに喋り出し、「お前あいつにメロメロだな」と吉田さんをからかった。彼女はためらうことなく「だってかっこいいんですもん!」と答えた。「吉田さんって彼氏いなかったっけ?」という俺の問いに対しては「イケメンは別腹なんです!」とよくわからない返しをしてきた。

「スイーツか!」

俺と長谷川さんが同時に同じツッコミをした。彼女と息が合うなんて、初めてのことである。少し距離が縮まった気がして嬉しかった。吉田さんは「焼肉の後のバニラアイス的な♪」などと言っている。

俺は「ルイがバニラアイスだとしたら、俺はそれに添えられているミントの葉っぱみたいなもんかな」と言った。取るに足らないもの、あってもなくてもどちらでもいいものという自虐のつもりだった。

「いやそんなに爽やかじゃないでしょ」

長谷川さんから厳しいツッコミが入る。どうやら距離は縮まっていなかったようだ。

「しげるを焼肉屋で例えるなら…」

松さんが勝手に考え始める。

「伝票を挿す透明の筒だな」

あの斜めにスパッと切られたやつか。もはや食べ物ですらない…

俺は「あの筒みたいに地味だけど長く愛され続ける存在になろう」と思った。

夕方、外回りを終えて事務所に戻ると、ルイは既にデスクに座っていた。今日の打ち合わせの成果を聞くと、大型案件が理想の方向に進展したとのことである。一発の出張でしっかり成果を出すところには脱帽だ。

「今日、18時から店予約してるから」

一番乗りで営業から戻ってきていた松さんが言った。今夜は、チームメンバーとルイで食事に行くことになっている。松さんは飲み会となると張り切るタイプだ。特に今日は金曜日なので、いつも以上にテンションが高い。

出発する時間となり、6人揃って事務所を出た。店は松さんがセレクトした居酒屋。一品ごとに「美味いだろ?」と聞いてくる松さんには辟易したが、グッとこらえて「すごく美味しいですね」と返しておいた。年長者が店選びから予約までやってくれているのだから、感謝しないといけない。「良い店だろ?本当は誰にも教えたくなかったんだ」と語る松さんに長谷川さんが「ここ、よくあるチェーン店ですよ」と余計な一言を放つ場面もあったが、すぐにルイが「一度来てみたかったんです!こんなに良い店だとは知りませんでした!」とフォローした。このあたりも、さすがの対応である。

皆酒好きということもあり、会は予想以上に盛り上がった。最後は上機嫌になった松さんが頼まれてもいないのに絞めの挨拶をして終了となった。店を出ると、松さんは「じゃ」と言ってネオン街に消えて行った。おそらく次の目的地があるのだろう。中山課長は「あとは若い人たちで楽しんで」と残して駅のほうに歩いて行った。

残された俺たち4人は、話し合いの結果、カラオケに行くことにした。これはビッグチャンス到来である。何を隠そう、俺は歌が得意なのだ。子供のころ、合唱団に入っていたことが理由だと思う。

「やっとルイに勝てるときが来た」

俺は心を弾ませてカラオケ屋に入店した。

結果、ルイは異常に歌がうまかった。俺など足元にも及ばないくらいに。甘さと力強さが同居した心地良い歌声でback numberを歌い上げている。しかも涼しげに。おまけに選曲は男目線の叶わぬ恋の歌ときた。モテる男がこういった曲を選ぶのは反則行為だ。その男に気がある女は「この人の叶わぬ恋の相手って、もしかして、私?」などと勘違いしてしまうのだろう。予想通り、吉田さんの瞳はハート形をしている。ルイが歌い上げる一途な想いは皆の心を掴み、部屋は爽やかな合唱に包まれた。この次にEXILEの「Ti Amo」という不倫の歌を入れているモテない男(俺)は、逃げ出したい気持ちになった。

聞かれてもないのに「たまたま履歴の1ページ目にあったから」と嘘の選曲理由を述べて歌に入った事は言うまでもない。得意分野でこんな思いをするなんて、悲し過ぎる。

とは言え、このメンバーでのカラオケはとても楽しかった。4人は休みなく歌い続け、時刻が0時を回ったところで、ようやく解散することになった。

店を出て、女性2人をタクシーに乗せる。吉田さんはかなり酔っ払っていてフラフラだ。長谷川さんはいつもと変わらず落ち着いている。その後、俺はルイをホテルまで送り届けた。その途中、ルイは酔っ払った俺を見て自販機で水を買ってくれた。どんな時も優しい男である。

ルイと別れ、一人で家に帰りながら、ふと夜空を見上げた。星が眩しく輝いている。「俺にも、あの星みたいに輝く部分はあるのだろうか」そんなセンチメンタルな事を考えた。今日はルイに完敗だったが、きっと俺にも勝てるところはあるはずだ。焦らなくていい。地道に探していこう。

俺は家に着くなり、服を脱ぎ散らかしてベッドにダイブした。そして「ルイの足がものすごく臭いこと」を願いながら眠りについた。

翌日は朝6時に起床した。実は前もってルイとゴルフに行く約束をしていたのだ。

「金曜に出張でそっちに行くから、土曜日にゴルフでも行かない?」

俺たちは同期とは言え、入社時の研修以降はごくたまに連絡を取り合うくらいの仲だった。二人で遊んだことなど一度もない。そんな俺をゴルフに誘えるところもまた、彼の凄いところだ。友達の多い人たちは、こうやって人と距離を縮めていくのだろう。真似をする気はないが、勉強になる。

ゴルフは数回しか経験がないが、誘ってくれたことが嬉しかったので行くことにした。恥ずかしながら車を所有していないため、朝一でレンタカーを借りてルイの宿泊するホテルへと向かう。彼は昨日の飲酒など無かったかのように爽やかだった。二日酔いの俺とは大違いである。

俺のゴルフの結果は散々だった。スコアを書くのもはばかられる。一方のルイは、予想通りゴルフも抜群に上手かった。またしても惨敗だ。もう、ルイに何かで勝つのは諦めよう。初めの2打でそう思った。

ラウンド後、汗を流すために大浴場に向かった。脱衣場に着き、服を脱いで裸になる。ふとルイの方に目を向けた。彼も一糸まとわぬ姿だった。ソフトマッチョでいかにも女子ウケのよさそうな体格をしている。「もしかしたら、脱ぐとだらしない体かも」そう期待した自分が恥ずかしくなった。

「そりゃそうだよな、俺に勝てるわけがない」

そう思いながら、なんとなく視線をルイの下腹部に移した。必然的に男の象徴が目に入ってくる。

それは小さめの落花生のような、なんとも頼りない象徴だった。それを見て、俺は思わずガッツポーズをした。

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