大学生の時の話だ。
「久しぶりに会わないか?」
中学校の同級生から数年ぶりに連絡があった。そんなに親しい間柄ではなかったし、中学を卒業してから一度も会っていなかった。だから、着信画面に「巧」と出たときは一瞬誰だかわからなかった。
「いきなりどうしたの?」
そう問うと巧は「特に理由はないけどさ、久しぶりにしげると話したくなったんだよ」と答えた。
「まあいいけど」
友人から会いたいと言われて悪い気がする人はいないだろう。特に俺はそんなこと言われた経験がないから、嬉しくなって承諾した。
約束した場所は地元の駅前にあるカフェ。できたばかりのチェーン店だった。待ち合わせ時間の5分前に到着すると、巧は既に店内にいた。奥の方のテーブル席に座ったまま「こっちこっち」と手招きしている。俺は耳につけていたイヤホンを外して席に着いた。
巧は中学の時と変わらず小柄で細身だった。色白なところも変わっていない。だが、服装には少し違和感があった。襟が立った白シャツを第三ボタンまで開けて着用し、右胸のポケットにはディアドロップのサングラスを入れている。腕には金のブレスレットが光っていた。容姿の地味さと服装の派手さがアンバランスで、なんともダサい。
「なんだよそのヨレヨレのTシャツ」
巧は開口一番そう言った。まさか、俺の方が服装をいじられるとは思わなかった。俺は言い返したい衝動にかられた。「お前に言われたくない」とか「ジーンズに革靴はファッション上級者だけに許された特権だぞ」などと。だが、久しぶりに会った友人と服装について言い争うのもどうかと思い、口に出すのを堪えた。代わりに「久しぶりだな」と一言だけ返した。
「最近何してるの?」
巧が軽い口調で聞いてきた。
「普通に、大学行ったり、バイトしたり」
そう答えると、巧は俺の私生活について色々と聞いてきた。まあ、久しぶりに会った友人同士の会話としては一般的だろう。ただ、少し気になったのが彼のリアクションだ。なんとなく、言葉の節々に俺のことをバカにしているような印象を受ける。例えば「そんなこと学んで意味あるの?」や「それだけしか稼いでないのかよ」などだ。学生時代の巧は穏やかで無口な性格だったので、大きなギャップを感じた。
俺の話を一通り聞くと、彼は自分の事を語り始めた。聞いてもないのに、ブランド物を購入したことや友達が多いことなどを自慢げに語ってくる。
「楽しんでるみたいだな。彼女はいるの?」
俺は特に意図もなく聞いた。
「え?彼女?まあそうだね、今はいないかな」
巧は見るからに焦りながらそう答えた。さりげなく「今は」と添えて「最近まではいたんだけどね」感を演出しているが、その焦り方からして彼女がいたことはないと思われる。
「実は聞いてほしい話があるんだ」
巧はいきなり話を変えた。やはり掘り下げられたくないのだろう。
「何?」
俺が聞くと、彼は決して高そうには見えない皮の鞄から書類を取り出した。俺はなんだか嫌な予感がした。
「絶対稼げる方法知りたくない?」
俺の予感は的中した。巧は怪しげな仕事を熱心に紹介してきた。ざっくり言うと、スマホで指示通りの操作をするだけでお金が入ってくる仕組みらしい。
もちろんこのようなビジネスを全て否定する気はない。中には本当に稼げるものもあるのだろう。だが、巧が入れ込んでいるビジネスは素人の俺が聞いても明らかに怪しかった。
「巧、それでどれくらい稼いでるの?」
単刀直入に聞いてみた。
「今はまだ稼げてない。今はね」
また出た。得意の「今は」だ。巧は言葉をつづけた。
「ビジネスで一番大事なのはマインドなんだ。『俺は絶対成功する』っていう熱い気持ち。それがないのに焦って初めても意味がない。だから、俺はまずマインドセットのプログラムを受けてる。それを卒業して初めて、ビジネスに参加できるんだ」
さっきまで「簡単に稼げる」って力説していたのに…という疑問を感じたが、そのまま話を聞いた。
「すごくいいプログラムなんだ。モチベーションが爆上がりするから絶対おすすめ。今度講義があるから参加してみない?」
本格的な勧誘が始まった。詳しく聞いてみると、そのマインドセットプログラムは、渡されたテキストをもとに自己学習するのがメインで、数カ月に一度だけ先生と呼ばれる人から講義を受けるらしい。
「ちなみに、それにいくら払ってるの?」
俺は恐る恐る聞いてみた。
「月10万円」
開いた口が塞がらなかった。こんな怪しげなものに10万も払える気が知れない。
「心配するなって。俺からの紹介ってことで4万まで割引されるから」
結構なディスカウントで驚いた。しかしそれでも高過ぎだ。気が狂ってるとしか言いようがない。本格的に巧のことが心配になってきた。
「お前、そんなに払ってたら大赤字だろ?」
「だから、今はマインドセットの段階だからしょうがないんだよ。稼ぐためには先行投資が必須なんだってさ。ビジネス始めたらすぐ回収できるから問題ない。ここだけの話、師匠なんて年収1億超えてるんだぜ」
ここで謎の「師匠」が登場した。どうやら、巧が憧れている組織の幹部らしい。
「師匠の生き方ってマジで俺の理想なんだよなー」
巧は一度しか会ったことがないらしいその男に心酔しているようだった。
「まさか借金とかしてないよな?」
俺がそう問うと、巧は自信満々に「少しだけな。でも大丈夫。お金って使った分だけ入ってくるようになってるから。宇宙の法則なんだってさ」と答えた。マインドセットプログラムで学んだのだと言う。さらに「俺、今はベーシックコースなんだけど、来月からはアドバンスコースに昇格するんだ。マインドセットにも段階があって…」と訳の分からないコース説明を始めた。なんと、会費は月15万円に上がるらしい。
俺は「こりゃいかん」と頭を抱えた。巧は完璧に洗脳されている。それも絵に描いたような、教科書通りの洗脳だ。
その時、巧のスマホが振動した。メッセージを受信したらしい。画面を確認すると、巧は嬉しそうな顔をして言った。
「誰にも言うなよ。俺、今有名人とやり取りしてるんだ」
なんと、少し前にある有名女優からいきなりメッセージが届いたのだという。共演者に送付しようとしたメッセージが、どういうわけか巧に届いたらしい。そして「これも何かの縁なので、今度二人で会いませんか?」と誘われていると言うのだ。
絶対に詐欺だ。ニュースでも取り上げられていた手法だから間違いない。こんな手口に引っかかる奴いるわけないと思っていたが、ここにいた。目の前に。巧がこれほどまでに騙されやすい性格だとは知らなかった。ここまでくると「どうにか目を覚まさせなければ」という使命感すら感じてしまう。俺は必死で巧を説得した。
約2時間の議論の末、なんとか怪しいビジネスと女優とのメッセージの両方をやめることに同意してくれた。
大学時代に起きたこの一件以降、俺と巧が会うことはなかった。連絡を取ることもなく、このまま一生会うことはないかもな…そう思っていた。ところがつい先日、巧から急な連絡が届いた。
「久しぶりに会わないか?」
俺は悩んだ末に「いいよ」と返信した。巧がどうしているか気になったし、また騙されてはいないかと心配になったのだ。巧は変わらず地元に住んでいるらしい。俺は翌週たまたま帰省する予定があったので、そのタイミングで会うことにした。
場所はあの日と同じ駅前のカフェ。俺は約束の時間の5分前に到着した。あれから約10年が経ち、真新しかった店も随分景色に馴染んでいる。
巧はあの日と同じ席にいた。真剣な顔でスマホを操作している。こちらには気付いてないようだ。俺は近づいて「久しぶり」と声をかけた。巧は座ったまま俺の顔を見上げた。目が合うと、少し笑みを浮かべ「久しぶり!元気だった?」と返してきた。巧は相変わらず小柄で細身だった。だが、ファッションは以前と違い小綺麗な感じだ。モノトーンでまとめられ、とても清潔感がある。無印良品にいたらきっと店員と間違えられるだろう。そんなどうでもいい分析をしていると、巧が「何にする?」と促してきた。俺はカフェオレ、巧はアイスコーヒーを注文して話を始めた。
結論から言うと、彼は地元で大成功していた。数年前に運送業の会社を起業し、今ではかなりの規模になっているらしい。俺に怪しいビジネスをやめるよう説得された後、きれいさっぱり足を洗い、地道に頑張ってきたのだという。トラックドライバーの仕事を始め、その中で業界の闇やおかしさを知り、それを解決するために起業したと語る。AIを駆使した業務効率化などで注目されており、経営はかなり順調のようだ。さらに、業界で問題になっているドライバーの働き方改革や待遇改善を他社に先駆けて実施しており、有名メディアでも取り上げられているらしい。そういえば、ビジネス雑誌で「業界に革命!新時代の運送会社!急成長の秘密に迫る!」みたいな特集を見たことがある。まさかあれが巧の会社だったとは知らなかった。
「すごいな…」
その言葉しか出てこなかった。
「しげるのおかげだよ。俺の目を覚まさせてくれただろ?あの日の説得がなかったら、今の俺はない。だから、いつか感謝を伝えたいと思ってたんだ。あの時は本当にありがとう」
巧はそう言って俺に頭を下げた。
俺はなんとも言えない気持ちになった。今の巧を見て安心したし、感謝されて嬉しかったことは確かだ。しかしそれだけではない。漠然としたマイナスの感情がある。おそらく、心のどこかで「巧を見て優越感に浸りたい」という気持ちがあったのだと思う。「巧のことだから地味で平凡な人生を送っているだろう」と想像していたから、その期待を打ち砕かれて悔しいのだ。俺はなんて汚い人間なのだろうか。
「俺のおかげなんかじゃないよ。全部巧の努力の成果だろ」
反省した俺は、自分の負けを認め、彼の成功を素直に祝福することにした。
「そんなことない。しげるのおかげだよ」
巧は謙虚にそう言った。
「運送会社か…毎日忙しいだろ?」
同じラリーが一生続くような気がして、俺は適当に話を変えた。
「ああ、人が足りなくて大変だよ。猫の手も借りたいくらい」
俺はこの言葉を聞いて、いいことを思いついた。そして、すぐにそれを口にした。
「いい話があるんだ。簡単に人が集まる方法、知りたくないか?」
巧は「怪しい話じゃないだろうな?」と不審げだ。まさか10年の時を経て、俺の方が怪しげな提案をする立場になろうとは、夢にも思わなかった。だが誤解しないでほしい。俺が紹介したのは自分が営業している求人サイトだ。決して怪しいものではない。
俺は、鼻息荒くプレゼンした。

巧は懐疑的な反応をしながらも「しげるが言うなら」と契約を即決してくれた。持つべきものは友である。


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