中山課長 前編

先日、嫌な会議があった。通称「営業フォローアップ会議」。裏では「激詰め会議」と呼ばれている。毎年行われている会議で、本社の営業部長が全国各チームの業績を確認し、助言や本社支援の検討をするというのが目的の会議である。だが、これはあくまでも名目で、実際は業績不振のチームを鬼のように詰める場となっている。

会議は営業チームごとに行われる。形式はリアルとオンラインのハイブリッド型。営業部長とその側近、そして支社長と各チームの課長は本社に集まり、課員はオンラインで参加する。なお、うちの会社は全国8つの支社に分かれており、各支社にはいくつかの営業チームがある。それらを統括するのが支社長である。支社長は自分の支社に属する全チームの会議に参加しなければならない。考えただけでも面倒くさい。

この会議で重要なのが、チームのトップである課長の立ち回りだ。自分のチームがどれだけ良い仕事をしているかをアピールし、営業部長の追及を上手くかわす必要がある。その観点からすると、俺の上司の中山課長はとても頼りない。口数が少なく、話を盛ってアピールすることなど皆無だ。また、自己主張することがほとんどなく、周りの意見に流されやすい。

つい先日、チームで会議をしている時に松さんと長谷川さんが言い争う場面があった。長谷川さんが新しい営業手法を試したいと提案し、松さんがそれを全否定したのだ。

「そんなやり方がうまくいくわけないだろ」

松さんのストレートな言葉が長谷川さんに向けられた。たしかに彼女の案には粗削りな部分が目立った。失敗すればチームの成績にも悪影響のある内容だったため、松さんが止めるのも無理はない。

「やってみないとわからないじゃないですか!」

一方の長谷川さんも強気な姿勢を崩さない。二人は意見を曲げず、どんどん感情的になっていく。中山課長は何も言わずただ座っているだけだった。仕方なく俺がフォローに入り「今すぐやるのは少しリスクが高い」と長谷川さんを諭したのだが「じゃあ代替案を出してください」と言われて言い返すことができなかった。俺は助けを求めるように中山課長の方を見た。

「まあ、やるだけやってみたら?」

中山課長の口からはなんとも無責任な言葉が飛び出した。「失敗したらどうするんですか?」という松さんの追及にも「そこまでは考えてませんけど…」と頼りなく返す始末。うちの会社は体育会系で、「お前らの意見は聞いてない!いいから俺の言うとおりにやってこい!」くらい強気のリーダーも多いのだが、この人には絶対にできないだろう。何を言っても認めてくれるので、仕事しやすいと言えばその通りなのだが、どうしても頼りなさを感じてしまう。

不安いっぱいで臨んだ激詰め会議では、営業部長から鬼のように詰められた。それもそのはず、今期のチーム業績は大苦戦しており、全国でもかなり下位の方に位置している。会議冒頭から、厳しい言葉が投げつけられる展開となった。

「なんだこの業績は!ちゃんと仕事してるのか!」

大熊営業部長の檄が飛ぶ。画面越しでもすごい迫力だ。対面している支社長と課長は恐怖を感じているだろう。どうでもいい情報だが、部長は熊みたいな風貌をしており、熊本県出身で、名字にも熊が入っているため、裏では「くまモン」と呼ばれている。

「すみません。これから挽回します」

中山課長の口から出るのは謝罪の言葉ばかりだ。

「部長、私から原因と対策について説明します」

たまらず支社長が助け舟を出してくれた。

「お前は黙ってろ!」

せっかくのフォローは部長の大声で妨げられた。普段は威厳のある支社長も、この人の前では無力だ。

「××食品とトラブって、契約切られたみたいですね」

次に口を出したのは小島部長補佐。こいつは常にくまモンの横にいる、まるで金魚のフンみたいな奴だ。いつも末端の営業社員に対し偉そうな態度をとってくる。社内での評判もすこぶる悪い。スキンヘッドの頭部と真ん丸の目から、裏では「せんとくん」と呼ばれている。そう、会議室に人気のご当地キャラ2匹が揃い踏みなのである。

××食品とのトラブルは確かに事実だ。後輩の女性社員、吉田さんが大きなミスをして契約を切られてしまったのである。課長が何度も謝罪に行ったが、結局許してもらうことはできなかった。このトラブルが業績不振の一番の要因と言っても過言ではない。課長は吉田さんを戦犯にしないように黙っていたのだと思うが、このツルッパゲのせいで明るみに出てしまった。

「なんだと!?ふざけるな!」

部長の怒声が響き渡る。俺は思わずパソコンから顔を背けた。課長はやはり謝ることしかできない。まさにサンドバッグ状態。厳しい叱責がしばらく続いた後、部長が「タバコ吸ってくる」と言い出し、一旦休憩に入ることになった。

休憩終了まであと五分。画面の向こうがなにやら騒がしい。どうやら、せんとくんがマイクをオフにせず休憩に入ってしまったようで、本社側の声がこちらに漏れてきているようだ。伝えた方が良い気もしたが、同じ部屋で会議に参加していた松さんから「伝えなくていい」と言われ、俺はそれに従った。

「どうやって落とし前つける気だ!?」

本社側では部長の怒りの炎が燃えている。

「担当は若い女社員だってな!まだ学生気分が抜けてないんじゃないか!?仕事は遊びじゃねえんだよ!やる気がないなら辞めさせろ!!」

こちらに聞こえているとは知らず、乱暴で遠慮のない言葉が課長に浴びせられている。どう考えても言い過ぎだ。だが、圧倒的な権力を持つ部長には誰も逆らえない。

「彼女は一生懸命頑張っています。あなたに何がわかるんですか…」

俺は耳を疑った。聞こえてきたのは、中山課長の声だった。怒りを押し殺したような言い方だった。

「お前、今なんて言った?」

部長が低い声で聞き返す。

「あなたは何もわかってないって言ったんですよ!」

課長の声が響いた。今度は、こらえていたものをすべて吐き出すような、強い口調だった。

「チームの皆は毎日必死でやっています!何も知らないのに勝手なことを言わないでください!」

部長が言い返す間もなく、課長の怒りの言葉が続く。俺はいきなりのことに驚き、パソコンの前で固まっていた。松さんも同じ状況みたいだ。するとここで、急に会議終了のメッセージが表示され、通信が途切れてしまった。あとで分かったことだが、せんとくんがマイクを切っていないことに気づき、慌てて会議を終了したようだ。少しして、課長から「会議は終了です。通常稼働に戻ってください」とメールが届いた。

課長はあんな発言をして大丈夫だったのだろうか。俺は課長のことがとても心配になった。それと同時に、不思議な嬉しさを感じていた。課長があんなに必死になって吉田さんやメンバーをかばってくれるなんて思っていなかった。確かに、ここ最近は業績不振もあって、皆必死に働いていた。吉田さんを責めたりする人は誰もおらず、どうにかカバーしようと一致団結して頑張っていた。課長がそれを認めてくれたことが嬉しかった。

翌朝、皆が事務所に顔をそろえた。

「昨日はすいませんでした」

開口一番、課長はなぜか謝った。

「いや、いい感じでしたよ」

松さんが珍しく課長を褒めた。

「課長、ありがとうございました」

吉田さんは感謝の言葉を口にした。

「あのあと、大丈夫でしたか?」

俺が聞くと、課長は笑いながら「わからんな」と答えた。部長は激怒して会議室から出て行ってしまい、その後、電話やメールも無視されているらしい。

「まあ、気を取り直して仕事に集中しましょう」

課長はそう言うと、視線をパソコンに落とした。明るく振る舞ってはいるが、その表情からは疲れの色がうかがえる。

それから2日後、予想外のことが起きた。なんと、××食品との契約が復活したのである。吉田さんの説明によると、課長がゼロから提案を練り直し、一緒に交渉してくれたおかげだという。会議が終わってからの数日、課長はほとんど徹夜で準備をしてくれたらしい。あの疲れた顔も、きっとそのせいだったのだろう。いつも無気力に見える課長にそんな底力があるとは知らなかった。正直、見直した。

この一件により、チームの業績は大きく回復。全国でも上位につけ、皆で喜びを分かち合った。普段は厳しい支社長もご満悦で「お祝いだ」と言ってチーム全員を食事に連れ出した。支社長と課長は年齢も近く、親しい間柄だ。若い時に同じ部署で働いていた時期もあるらしい。そんな課長が結果を出したことが嬉しかったのだろう。

1軒目は支社長行きつけの焼肉屋。「遠慮なく食え」という言葉をそのままの意味で受け取った俺は、普段はお目にかかれない高級肉をここぞとばかりに胃に詰め込んだ。会計の際、御礼を告げた俺に「仕事で返せ」と言い放った支社長の真顔が今でも頭から離れない。店を出るとすぐ、支社長に「もう一軒行くぞ」と誘われた。なぜいつも親しくしている課長ではなく俺を誘ったのだろうか。そんな疑問を抱きながら、先を行く背中を追った。

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