吉田さんとケビン

先日、後輩の吉田さんからチームメンバーに驚きの報告があった。

時刻は18時ごろ。その日の営業活動を終え、全員揃って事務所で仕事をしている時だった。

「私、結婚します」

唐突過ぎて誰も言葉が出てこない。まるで時の流れが止まったかのようだ。

「なんて?」

数秒の沈黙の後、長谷川さんがなんとか言葉を発した。

「結婚することにしたんです!」

吉田さんは自信満々の表情でそう言った。メンバー全員が驚きを隠せないでいる。どうやら、まだ誰にも報告していなかったようだ。とりあえず各人から「おめでとう」という言葉がかけられた。

「その報告って今すること?」

長谷川さんが正論を述べた。確かに、結婚の報告といえば、まずは仲の良い人や上司に個別で報告し、その後少しずつ公にしていくのが一般的だろう。なんの前置きもなくチーム全員にまとめて報告するようなやり方はかなり邪道だ。せめて上司の中山課長や、姉貴的存在の長谷川さんには先に報告しておいた方が無難だったと思う。

「すみません。言わずにはいられなかったんです!」

吉田さんらしい答えだと思った。彼女は何事も裏表がなくフルオープンな性格で、若干天然ボケな部分がある。早く報告したくてしょうがなかったのだろう。

その後の時間は、吉田さんへの質問攻めタイムとなった。話を聞いて分かったことは、昨日プロポーズされたばかりだということ、即答でOKの返事をしたということ、相手はケビンという名のアメリカ人で、付き合って3か月のスピード結婚だということ、ケビンは吉田さんより8つ年上の35歳で、外資系企業の日本支社で働いているということなどだ。それにしても、ツッコミどころが多すぎる。

「その旦那、いつ紹介してくれるんだ?」

松さんがなんの遠慮もなくそう聞いた。

「そうですね!近々食事会セッティングさせてもらいます!」

吉田さんはなんの躊躇もなくそう答え、早くも日程調整を始めた。こうしてとんとん拍子に話が進み、翌週にチームメンバーとケビンで飲みに行くことが決まった。

食事会当日、中山課長、松さん、長谷川さん、そして俺の四人は、集合時間よりかなり前に店に入った。会場は高級そうな料亭で、厳かな雰囲気が漂っている。座布団に腰を下ろし、静かに吉田さんとケビンを待つ四人。正直、俺は緊張していた。他人の結婚相手を紹介してもらう機会など、そうそうあることではない。ましてや、相手は外国人だという。俺はいったい何を話せばいいのだろうか。

そんなことを考えていると、いつの間にか集合時間の直前になっていた。そして、時間ぴったりに襖が開き、主役の二人が入ってきた。

「ハジメマシテ。ケビンとモウシマス」

ケビンが片言の日本語で挨拶し、深々と頭を下げた。その所作は生粋の日本人のようである。一方で、彼の外見はザ・アメリカ人といった感じだった。彫りの深い顔立ちに高く通った鼻筋。髪色はブラウンで、身長は180センチ以上ありそうだ。その風貌は、昔流行ったアメリカのコメディドラマ「フルハウス」のお父さんを思い出させた。

「ケビンさん、初めまして。私たちは吉田さんの同僚で、彼女にはいつもお世話になっています。まあ二人とも、とりあえず座ってください」

中山課長が穏やかな口調でそう言った。この人はいつも落ち着いている。中山さんとケビンは、二人のために空けておいた席に隣り合わせで座った。俺たち四人はそれをぐるりと取り囲むように着座している。

「とりあえず飲みもの注文しましょう」

長谷川さんがそう言ってドリンクのメニュー表を配った。皆の注文が決まるのを待たず、松さんが「すいませーん」と大声で店員を呼ぶ。しばらくして、店員が注文を取りにやってきた。その瞬間、俺の耳に意外な言葉が耳に飛び込んできた。

「ナマビールイガイのヒトはイマスカー?」

その声の主はケビンだった。「生ビール以外の人」を聞くのは、よく飲み会で用いられる注文方法だ。だが、これはおそらく日本特有のものだろう。ケビンの日本人らしさに俺は改めて感心した。

ドリンクが行き渡り、中山課長による教科書通りの乾杯の挨拶で宴が始まった。

「ケビンといえば、ケビン・コスナーを思い出すな」

松さんは序盤からどうでもいいことを言っている。

「ケビン・コスナーはトテモステキなハイユウデスネ。トクにボディガードはワタシのオキニイリのエイガデス」

ケビンは松さんの無駄話にもしっかりと反応してくれている。とても優しい男だ。

「日本人にもケビンなんとかっていうタレントがいなかったっけ?」

吉田さんが無邪気な笑顔で話に割って入る。

「誰だよそれ?」

俺は咄嗟に聞き返した。エンタメにはそこそこ詳しい俺でも、ケビンなんてタレントは聞いたことがない。

「ほら、昔、筋肉系の番組とかに出てた人で、跳び箱とかが得意な人ですよ!」

吉田さんは自信満々に言うが、俺には思い当たる人物がいなかった。

「あとは、ファイト一!イッパーツ!のCMとか、黄色いジャケット着てるCMも見たことあります!」

吉田さんがそう言った瞬間、鋭いツッコミが飛んできた。

「ソレは『ケビン』じゃナクテ、『ケイン』デス!ケイン・コスギ!」

ツッコんだのはケビンだった。日本人並みのツッコミ能力だ。そもそも、彼が日本のタレントであるケイン・コスギを知っている事に驚いた。

「ファイトイッパツはリポビタンD、キイロイジャケットはCENTURY21のCMデスネ!」

俺は、これほどケイン・コスギに詳しい外国人を見たことがない。そしてこの先も、お目にかかることはないだろう。

「キンニクケイのバングミは『キンニクバンヅケ』か『スポーツマンNo.1ケッテイセン』のコトデショウ。ケイン・コスギのホカニモ、『ショウエイ』や『イケタニナオキ』もカツヤクシテイマシタネ」

照英や池谷直樹まで知っているとは、末恐ろしい外国人である。

「ヨッシーはモット二ホンのコトをベンキョウシタホウがイイネ」

ケビンは吉田さんに向かってそう言った。

「え、ヨッシーって呼ばれてんの?」

長谷川さんが鋭く切り込んだ。確かに吉田さんがヨッシーと呼ばれているのは初めて聞いた。

「はい!ケビンが付けてくれたニックネームです!ヨッシーなんて呼ばれるの小学生ぶりだから、少し恥ずかしいですけど」

よっしーはそう言ってはにかんだ。それにしても、この外国人は日本の小学生の心まで持ち合わせてせているのか。

「スーパーマリオのキャラクターミタイでカワイイデスネ」

次は日本のゲームまででてきた。確かにヨッシーといえば、スーパーマリオに出てくる緑色の生き物だ。俺は日本に詳しい理由についてケビンに聞いてみた。彼は昔から日本の文化が大好きで、アニメ、ゲーム、テレビ番組、映画などで日本語を学んだらしい。

「ニホンのカルチャーはサイコーデス!」

ケビンは親指を立ててそう言った。

「アニメは何が好き?」

俺がそう聞くと彼は「コチカメがスキデス」と即答した。全巻読破しているらしい。

「カトリシンゴのエンギもヨカッタデスネ」

実写版まで観ているとは…強者だ。

「映画は?」

今度は中山課長が聞いた。

「トラサンがスキデス」

また即答だった。

「ワタクシ、ウマレもソダチもカツシカシバマタ。タイシャクテンでウブユをツカイ、セイはクルマ、ナはトラジロウ、ヒトヨンデ、フーテンの…」

いきなり冒頭のセリフを言いながら寅さんになりきるケビン。一同は無言で見守るしかなかった。セリフが終わると、部屋は温かい拍手に包まれた。

俺は、ケビンに妙な親しみを感じていた。熱心な読者ならその理由がわかるかもしれない。それは、彼の好きなアニメと映画が俺の母親と同じだったからだ(詳しくは「父 前編」の記事参照)。ケビンをうちに連れて行ったら、きっと母は喜ぶだろう。

そんなこんなで宴会は大いに盛り上がった。途中、トイレに行った俺が会場に戻ると、ケビンが俺の席に座っていた。自分の席にあったビール瓶を持って移動したらしい。「マツサン、ドンドンノンデクダサイ」と松さんにお酌をしている。松さんはご機嫌な表情だ。日本のサラリーマンの飲み会での動きまで心得ているとは、恐るべき外国人である。気をよくした松さんはケビンにたくさん酒を飲ませた。

「オイ!オレのキンニク!ノムノカイ?ノマナイナカイ?ドッチナンダイ!」

なかやまきんに君の真似をするケビンの声が部屋中に響く。かなり酔っ払っているようだ。

「ノーム!!」

そんなケビンの姿を見て皆大笑いしている。なお、松さんとケビンはとても相性が良いらしく、最後には二人してネクタイを頭に巻いて盛り上がっていた。

「じゃあ、この辺で締めましょうか」

デザートを食べ終えたタイミングで中山課長が言った。

「じゃあ最後はケビンが挨拶しろー」

真っ赤な顔をした松さんが、両手でメガホンをつくって言った。

「デハ、エンモタケナワデスガ、センエツナガラ…」

ケビンはすぐに立ち上がり、日本流の挨拶を述べた。

「デハ、サイゴはイッポンジメでシメサセテイタダキマス。ヨーオ!」

こうして、ちょっと変わった外国人との宴は大盛況のうちに幕を閉じたのだった。

店を出て腕時計に目を落とすと、思った以上に遅い時間だった。それだけ夢中で楽しんだということだろう。俺は「さあ帰るか」と思い、顔を上げた。するとその瞬間、ケビンの声が響いた。

「ハーイ、ニジカイにイクヒトー?」

俺はもちろん「行く」と答えた。

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