俺は一人〇〇が好きだ。一人〇〇とは、カラオケやキャンプなど、通常は複数で行うことが多い行為を単独で実行することである。一人だと何をするにしても自分のペースで進められるし、他人に気を遣わなくて済むので気が楽なのだ。今年の夏、友人ののりおと会話している時にこの話題になり、お互い一人〇〇の愛好家であることが判明した。そして、どういうわけか「どちらの方が一人〇〇を極めているか」を競い合うことになった。というわけで本日、「しげるとのりおの一人〇〇バトル」が開催されることになったのである。
ルールは簡単。お互いに思い思いの一人〇〇を実行し、その姿を写真に撮って報告する。送られた側は相手の写真を見て、「一人〇〇を極めている度合い」を10段階で評価する。5ターン目終了時の合計得点が多い方の勝利となる。勝負に勝つために相手の得点を低く付けるのでは?と言う懸念もあるが、俺ものりおもそこまで汚い人間ではない。互いを信頼し、フェアに採点する約束をした。
先手を打ったのは俺。と言っても時刻は既に午前11時。お互い休日の朝はゆっくり寝るタイプなのだ。身支度を整えた俺はとりあえず駅前に向かい、前から気になっていた焼肉屋に入った。最近増えてきた「一人用のカウンター席」などはない高級な店。一人で来ることを想定していない店の作りに少し戸惑う。
一人焼肉のいいところは好きなものを思う存分食べれるところだ。複数で来ていたら周りに気を遣って遠慮してしまう。例えば俺はホルモンが好きで、注文の半分はホルモンでもいいくらいだ。でも、一般的には苦手な人が多い部位なので、誰かと来た時はあまり注文できない。その反動からか、一人で来るとここぞとばかりにホルモンを注文する。まずは牛タンを焼いて檸檬を絞って……などといった焼肉の王道には一切興味がない。ホルモンオンリーのホルモン祭りだ。
それから、一人だと自分好みの焼き加減で食べることができる。意外かもしれないが(?)俺は「しっかり焼く」タイプの人間だ。なので複数で来ていると、目当ての肉が他人に取られてしまう。
「それ、俺が何度もひっくり返してた肉だよね?」という心の叫びは皆無だ。
今思いついたアイデアだが、焼肉屋の網に線でも引いて「陣地」を明確にすると、肉泥棒の被害がなくなると思う。線を引くのが難しい場合は、もやしを置くなどして代替してもいいかもしれない。グッドアイデアだ。
少し話が脱線してしまったが、俺は高級焼肉店での一人ホルモン祭りを思う存分楽しんだ。そして、その様子を自撮りしてのりおに送付。
しばらくしてのりおからの返信が来た。彼が付けた得点は4点。「普通過ぎ。もっと自分らしさを」という謎のアドバイスまで添えてあった。もう少し高い点数を期待していたが、確かにありがちな一人〇〇だから仕方がないか…
なんにせよ、これが全ての基準となる。漫才コンテストの審査で、最初の一組目の得点がその後の基準になるのと同じ原理だ。
俺は次の目的地を目指し、店を後にした。目の前の駅で電車に乗り込み、隣町へと向かう。移動中、ポケットの中でスマホが震えた。おそらく、のりおからの実行報告だろう。彼はいったいどんな一人〇〇を披露してくれるのだろうか。お手並み拝見と行こう。
のりおの一発目は「一人観覧車」だった。「今からこれに乗る」という文章とともに、観覧車の全体像の写真が送られてきた。若者が集まる都会の中心で静かに回り続けるゴンドラ達。何度か近くを通ったことがあるが、いつも若いカップルで賑わっている。聞いたところによると、デートコースとしてとても人気らしい。たしか、一つだけスケルトンのゴンドラがあり、それに乗ったカップルは上手くいくとかいかないとか。そんな噂があったりなかったり。そのゴンドラ専用の列まであるみたいだ。
しばらくして、のりおから「今、頂点だよ。眺め最高!」というメッセージが届いた。どうやらのりおが乗ったゴンドラは観覧車の一番高い位置に到達したらしい。その直後、ゴンドラの中で自撮りした画像が送られてきた。俺はそれを見てぞっとした。彼はなんとスケルトンゴンドラに乗車していた。専用の列は間違いなくカップルだらけであっただろう。その列に男一人で並んだということだ。周囲にどんな目で見られたか、想像するだけで鳥肌が立つ。
俺は6点を付けた。単に観覧車に乗っただけなら3点くらいが妥当であるが、まさかのスケルトンだったため、3点を加点した。
次は俺の番だ。出だしから相手の勢いに押されてしまっているため、ここはなんとしても高得点を狙いたい。電車を降り、夏の強い日差しを浴びながら目的地まで歩く。到着したのは市民プール。
俺はお気に入りの競泳水着に着替え、プールサイドに飛び出した。予想通り、家族連れや友人同士で来ている客が多く、一人で来ているのは俺くらいだ。これは高得点が期待できる。そんな期待に胸を膨らませながら、意気揚々と入水した。
流れるプールを5週したところで、あることを閃いた。このプールにはウォータースライダーがある。浮き輪に乗って滑るタイプのものだ。浮き輪には一人用と二人用の2種類がある。二人用の浮き輪でウォータースライダーを滑れば、高得点は間違いない。
俺は早速、ドーナツが二つくっついたような形の浮き輪を手に取り、階段にできた列に並んだ。列は少しずつ進み、10分程して一番上までたどり着いた。前の女性二人組が「キャーッ」という声と共に滑り出していく。次はついに俺の番だ。
だがここで、予想外の事態が発生した。係員から「二人用の浮き輪を一人で使用するのは禁止です」と止められたのである。せっかくここまで来たのに滑れないなんてあり得ない。俺は係員を必死で説得した。かなりの時間粘ったが、その努力は実らず、俺は仕方なく階段を降りることにした。
するとその時、背後から思いもよらぬ声が飛んできた。
「一緒に滑ります」
少し後ろに並んだ男性が、手を挙げながら列を無視して前に進んできた。
ボディビルダーのようにマッチョな男だった。真っ黒に日焼けした身体にはオイルか何か塗っているらしく、テカテカに光っている。どうすればいいかわからず立ち尽くしている俺に、男はキラッと光る前歯を見せて微笑んできた。俺は係員に誘導されるままにそのマッチョと二人で浮き輪に乗り込んだ。こうして、見知らぬ男同士を乗せたウォータースライダーは滑りだしたのだった。
この状況への戸惑いと、猛スピードで進むスライダーのスリルとが入り混じり、俺の心は嵐のように乱れた。そんな中でも目の前の男は表情ひとつ変えず微笑んでいる。
ゴール地点に辿り着いた俺は、とりあえず浮き輪を返却しようと係員に駆け寄った。浮き輪を返して振り返ると、男はこちらに背を向けて去っていくところだった。一応お礼は言っておこうと思い「ありがとうございました」と声を張った。男は振り返ることもなく、黒くて太い腕を上げてそれに応えた。俺はその姿をただ呆然と眺めていた。
というわけで、謎の男の出現により無事にスライダーを終えることができた。俺は二人乗りの浮き輪を持った姿を写真に収め、今回のエピソードとともにのりおにメッセージを送った。
のりおが付けた得点は6点だった。「二人乗りのスライダーに一人でチャレンジしたのは高評価だが、結局二人で乗ったので1点減点した」とのこと。俺は「厳しいな」と思いつつも納得し、6点を受け入れた。
市民プールを出て次の目的地に向かっていると、のりおからのメールが届いた。映画館の前で撮った写真が添付してある。のりおにしてはありきたりだ。映画なら一人で行くことは珍しい話ではない。そう思っていると、追加でもう一枚写真が届いた。のりおは若い男女の等身大パネルの前で、笑いながらピースしている。制服を着た若さ弾ける二人の間に、冴えないおっさんが一人。なんと彼はティーン向けの恋愛映画を選んでいた。今人気のイケメン俳優と、モデル出身の美形女優が主演している学園モノ。おそらく客は若者ばかりだろう。
俺は迷いながらも6点を付けた。映画だけなら2点くらいでもよかったが、観た映画で4点を加点した。
俺が次に向かったのは、プールに隣接する大きな公園にある池。そこで手漕ぎボートに乗る予定だ。ボートといえば昔から公園デートの定番。最近は減ってきたかもしれないが、その公園には未だにボートが健在だった。
俺は早速代金を払い、年季の入った木製のボートに乗船した。生まれて初めて乗ったのだが、意外と操縦が難しくて驚いた。俺以外の客はカップルが1組だけ。よく見ると、密着して接吻などしている。おれは「コンチクショウ」と思い、わざとそのカップルのボートに近づいたりした。しかし、二人は俺に気付いても行為を止めようとせず、むしろ見られていることを楽しんでいるかのようだった。俺はまた「コンチクショウ」と思った。
十分ほど漕いでいると、かなり疲れてきた。おれは両手に握ったオールを手放し、流れに身を任せることにした。ボートの中で仰向けになり空を見る。雲ひとつない青空が広がっていた。とても気持ちがいい。日頃の悩みがちっぽけに思えてくる。一人ボートも悪くないなと思った。
このままずっと漂っていたい。そんな思いもあったが、のりおとの勝負があるためそうも言っていられない。俺はボートを降りるために船着き場へ戻った。重い腰を上げ、ボートから桟橋の方に左足を移動させる。その瞬間、嫌な予感がした。右足が残ったままのボートが桟橋からどんどん離れていくのだ。なんとか右足を桟橋の方に移そうとするが、踏ん張る力で余計にボートが離れていく。

俺の股は極限まで開き「もうだめだ」と諦めかけたその瞬間、奇跡が起きた。誰かが俺の腕を握り、桟橋側に引っ張り上げてくれたのだ。このタイミングで人が来てくれるなんて、なんという幸運だろう。俺はお礼を言おうとその人物の顔を見た。するとそこには、先ほどの黒マッチョが立っていた。俺は「またあんたかよ」と言うツッコミを押し殺し「ありがとうございます」と告げた。彼は俺の言葉に笑顔で応えると、そのままボートに乗って行ってしまった。
彼はいったい何者なのだろう。興味はあるのだが、話しかける勇気もないため次に進むことにした。カップルのボート周辺を全力で漕ぎまわる黒マッチョを横目で眺めながら、俺は次の目的地へと歩を進めた。一人ボートの得点は6点だった。
移動中にのりおからの報告が来た。彼の次の一手は一人ボウリングだった。ボウリング場に行くと、一人で来ている人をたまに見ることがある。のりおにしては普通過ぎると感じた。俺が「2点」と送信しようとした時、一つの画像が届いた。開いてみると、スコア表の画像だった。一人でボウリングに行くのだから、かなり上手いのだろう。そう思って確認すると、そこには驚愕のスコアが記録されていた。65点、56点、42点、18点。いくらなんでも下手くそすぎだ。そのくせ4ゲームも楽しんでいる。最後の18点に至っては、どうしたらこんなに低い点が出せるのか理解できない。周りの客にどんな目で見られたかを想像すると鳥肌が立つ。このレベルで一人ボウリングをしたのりおに敬意を表し、6点を付けた。
次は俺の番だ。かなり押されているため、ここは張り切っていきたいところ。しかし、正直言って良いアイデアがない。俺は仕方なく、リフレッシュも兼ねて居酒屋に行くことにした。一人飲みはありきたり過ぎて得点は低いだろう。何か工夫して少しでも点数を上げたい。俺は苦肉の策として、店員に無理を言って窓際のカップルシートに通してもらった。夜景がきれいで良いムードの席である。着座するなり店員を呼び、一人ではあまり頼まない「飲み放題」をオーダーした。6杯ほど飲んで気分がよくなってきたとき、あるメニューが目に留まった。「ロシアンたこ焼き」という、いかにも大勢で盛り上がるためのメニューである。俺は「これは頼むしかない」と言う謎の使命感にかられ、それを注文した。店員は戸惑い「あの、こちらは六つのうち一つが激辛になっていますがよろしいですか?普通のたこ焼きもありますが…」と聞いてきた。酔いで気持ちが大きくなった俺は「むしろ全部激辛でもOK」とカッコつけて言い放つ始末。アルコールは本当に恐ろしい。
少ししてロシアンたこ焼きが運ばれてきた。まさかの1つ目で激辛に当たった。何という運の悪さだろう。まあ一人なのでいつかは当たることになるのだが。予想の十倍の辛さに一人で悶絶した後、俺は店を出ることにした。のりおには、カップルシートで激辛たこ焼きに苦しむ酔っ払いの姿を自撮りして送ってやった。今日最高の7点を付けてくれた。
少ししてのりおからも食事の報告が来た。彼の夕飯はまさかの一人フレンチだった。しかも2万円のフルコース。オマールエビのポワレを前にしたのりおの表情は、幸福感に満ち溢れていた。居酒屋でケチケチと小細工をしていた自分が恥ずかしい。俺は迷わず8点を付けてやった。
勢いづいたのりおは立て続けに攻撃を仕掛けてきた。次は一人花火。さすがの俺も一人で花火をしようとは思えない。さすがのりおだ。得点は6点とした。
かなりの劣性だ。勝利のためにはあと何点必要なのだろう。俺は状況を整理することにした。
(しげる)
①焼肉:4点
②プール:6点
③ボート:6点
④居酒屋:7点
合計:23点
(のりお)
①観覧車:6点
②映画:6点
③ボウリング:6点
④フレンチ:8点
⑤花火:6点
合計:32点
点差は9点。5ターンが終了した時点での得点を競うルールとしていたので、俺は次で10点満点を取らなければ勝つことができない。のりおが驚くような会心の一撃はないものか。だが、酔っぱらった頭をいくらひねっても答えは出てこない。結局、俺は勝利を諦めることにした。
家に向かい肩を落として歩いていると、若い女性に呼び止められた。場所はちょっとした飲み屋街だったので、キャバクラか何かの客引きかと思ったが、どうやら違うようだ。なんとその女性は、二人で酒を飲まないかと誘ってきたのである。逆ナンパなんて人生初めての経験だ。なんなら自分からのナンパすらしたことがない。しかも声をかけてきたのは俺のタイプど真ん中。モデル系の黒髪美人だった。テンションは一気に最高潮である。
俺は女性からの誘いに即答でOKを出した。近くのバーに行くことが決まり、二人肩を並べて夜道を歩く。女性の「一軒目では結構飲んだんですか?」と言う問いに対し「二杯くらいかな」と気取って答えた。一人で十杯近く飲んだことやロシアンたこ焼きのことは、カッコ悪いから黙っておこう。さらに「今日は何してたんですか?」と聞いてきたので「ジムに行って汗を流してた」と嘘をついた。一人プールや一人ボートのことは口が裂けても言えない。俺は競泳水着が入ったショルダーバッグをギュッと握りしめた。
時折吹く夜風が彼女の黒髪を揺らし、華やかかつ色気のある香りが舞う。香水の名など知らないが、その刺激的な香りは俺の気持ちを高ぶらせた。数分歩いてバーに到着。俺達はオシャレなカウンター席に腰を下ろした。俺は映画「007」のジェームズボンドの真似をしてマティーニを注文した。昨日鑑賞していて本当に良かった。そうでなかったら何をオーダーしてよいのかわからず取り乱していただろう。女性は酒に詳しいようで、バーテンダーと話しながらどのカクテルにしようか迷っている。俺は二人が何を言っているかわからず、黙って待っていた。しばらくすると女性は俺にお勧めを聞いてきた。俺は「カルーアミルクかな」と知っているカクテルの名をキザっぽく言っておいた。
しばらくして、マティーニとよくわからない名前のカクテルが俺たちの前に置かれた。グラスを合わせて乾杯をする。女性はミキと名乗った。友人と飲んだ帰りらしく、飲み足りないからもう一軒行きたいと思い、たまたまそこにいた俺に声をかけたそうだ。一見ツンとした感じの女性だが、話してみるとすごく朗らかな性格だった。思いのほか話は弾み、気づけば数時間が過ぎていた。俺が五杯目のマティーニを空にしたところで、ミキちゃんが「そろそろ出ようか」と行ってきた。俺はそれに同意し店主に会計を頼む。「私も払う」と言うミキちゃんを制し、強引に俺が支払った。こんな場面で女性に払わせるほどケチではない。
店を出るとミキちゃんの方から「この後どうする?」と問いかけてきた。帰宅するものと思い込んでいた俺は言葉を返せず固まってしまった。すると彼女は「ホテルでも行く?」と言って俺の顔を覗き込んだ。なんなんだこの展開は!夢でも見てるのか?頬をつねって確かめようか?いややめておこう。夢なら醒めないでほしい。
俺達は近くのラブホテルに入った。ミキちゃんに促されるままシャワーを浴びる。いつもより念入りに体を洗い、準備は万端。浴室を出だ俺は、バスタオルを腰に巻いて「お先!」と元気よく言った。そして「ミキちゃんも入ってきたら?」と促す。すると彼女は唐突に「五万ね」と言った。
俺は「ごまんね」と言う文字列が何を意味するのか、頭をフル回転させて考えた。「ごめんね」の聞き間違いだろうか。いや、どう考えても謝るシチュエーションではない。それなら「傲慢ね」と言ったのだろうか。これも違うだろう。俺はそんなに傲慢な態度を取った覚えはない。やはり今この状況で「ごまんね」が意味することは一つしかない。「私と寝たいなら五万払ってね」だ。それしかない。
俺は悩んだ。悩んだ末、拒否した。「ごめん。それは無理だ」と告げると女は「あっそ」とだけ残して部屋を出て行った。文句の一つも言えず呆然とその場に立ち尽くす俺。名も知らぬ香水の残り香だけが、薄暗い部屋の中を漂っていた。
どれくらい時間がたったのだろう。気づくと俺はベッドに横になって天井を見つめていた。鏡張りの天井に、バスタオル姿の冴えない男が映っている。本当に情けない姿だ。「こんなとこで何やってんだよ」と天井の自分に向かってつぶやいた。
と同時に、やるべきことが残されていると気づく。俺はベッド脇に置いてあったスマホを手に取った。そして、鏡に映った自分の姿を写真に撮り、のりおに送信。俺の最後のターン。一人ラブホテル。のりおがくれた点数は10点満点だった。



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