癖のなおしかた

人には癖の一つや二つあるものだ。貧乏ゆすりや独り言、関節をポキポキ鳴らすなど、多種多様な癖があると思う。うちのチームメンバーも例外ではない。皆、なかなかに強い癖を持っている。

松さんの場合。まずコップやペットボトルを持つ時に小指を立てる癖がある。乙女がやれば絵になる癖だが、55歳メタボおやじのぷっくりとした小指を見ても、不快な気しかしない。他にも、メール送信と同時に「シュッ」と言う癖や、額の汗を手のひらでぬぐってジャケットで拭くなどの癖を持っている。

そしてもう一つ、松さんの特徴的な癖が、くしゃみの後に必ず「ピッ」と言うことである。

「ハーーックション ピッ!!」

色々なタイプのくしゃみを聞いてきたが、この個性の強さは他に類を見ない。初めのうちは松さんがくしゃみをする度に「ピッてなんですか?」と突っ込んでいた。だが最近はそれが当たり前になって何も反応しなくなった。慣れとは怖いものだ。

ところでこの「ピッ」は、くしゃみの後以外にも発せられることがある。松さんが何かに驚いた時や急に名前を呼ばれたりした時や、逆に何も起きていない静かな時に突発的に発せられることもある。本人曰く「反射だからコントロールできないんだよ」とのことだ。いかにも不思議な癖である。

上司の中山課長にも癖がある。一番特徴的なのは電話での話し方だ。

「はい中山でっすぅー」
「お世話になりまっすぅー」
「失礼しまっすぅー」

語尾の「す」が「っすぅー」になるのである。気になって仕方ないのだが、上司に対して指摘するわけにもいかず、仕方なく放置している。課長不在時に、松さんと物真似をして笑い合っていることはもちろん内緒だ。

ここまで人の癖をネタにしてきたが、俺にも変な癖がいくつかある。今日はその中から二つ紹介したい。まず一つ目は眉毛を抜く行為である。考え事をしている時や思い悩んでいる時に、気付いたら眉毛を抜いている。おかげで俺の眉は常にガタガタの状態だ。もう一つは、爪を噛む癖だ。こちらは嫌なことがあった時や強いストレスを感じたときに出やすい。自分でも不潔でみっともない行為だと思う。

「癖をなおす良い方法はないだろうか」以前からそう考えていた俺は、一週間前にある手法に出会った。その手法とはズバリ「置き換え」である。その名の通り、やめたい行動を別の行動に置き換えるだけ。誰にでもできそうな簡単な方法だが、結構効果があるらしい。実は、かれこれ一週間ほど、俺はこの手法を実践している。

置き換えの実践を始めるにあたり、俺はまず代替行動を検討した。 「眉毛を抜く」という行為を何に置き換えればいいだろうか。少し考えたところで、俺の頭に名案が浮かんだ。それは「鼻毛を抜く」である。どちらも抜く行為であるため、自然に置き換えられるはずだ。間違いない。しかも、眉毛と違って鼻毛はいくら抜いても見た目にマイナス影響がない。むしろ鼻毛の手入れにつながるというプラスの影響がある。「鼻毛を抜く」これで決定だ。次に「爪を噛む」行為は何に置き換えよう。頭をひねって考えると、またしても良いアイデアが浮かんできた。それは「スルメを噛む」である。噛み応えがあるものが良いだろうと思って選択した。お金がかかる点や余計なカロリーを取ってしまう点はデメリットであるが、スルメなど安いものだし、背に腹は変えられない。また、調べてみるとスルメにはタンパク質が多く含まれていて、健康にも良いらしい。完璧だ。よし、爪を噛みたくなったらスルメを噛もう。

というわけで、俺はこの一週間、鼻毛を抜き、スルメを噛んでいる。

会社のデスクでやると、松さんにはバカにされ、後輩の女子社員からは白い目で見られるが気にしない。効果は絶大で、眉抜きと爪噛みの癖が出ることはなくなった。最近の悩みは抜く鼻毛がなくなってきたことである。次はすね毛でも抜くことにしようか。または、わき毛でもいいかもしれない。

俺の癖のことはこれぐらいにして、チームメンバーの話に戻す。うちのチームには、上司の中山課長と55歳で係長の松永さんの他に、後輩の女性二人がいる。この二人もまた、よろしくない癖を持っている。

本題の前に二人の関係性だが、年齢はともに27歳。俺より2つ年下だ。名前は長谷川さんと吉田さん。吉田さんは大学卒業後に1年海外留学していたとかで、大卒ストレート入社の長谷川さんより社歴は1年後輩である。

先輩の長谷川さんはスラっとした美人で、いつもパリッとしたパンツスーツを着こなしている。性格ははっきりとしていて気が強い。一方の吉田さんは、細くもなく太くもなく、美人でもなくブサイクでもない。普通の人ー1グランプリがあったら優勝できそうな見た目だ。性格はフルオープンで裏表がなく、よく笑う女性である。二人は性格が合うようで、普段の会話からは仲の良さが伝わってくる。長谷川さんは「あざとい女や媚びる女が大嫌い」と聞いてもないのに言っていたことがあるので、それとは真逆の性格の吉田さんとは気が合うのだろう。

癖の話に戻そう。まずは吉田さんだ。彼女にはとても汚い口癖がある。それは「Shit!」だ。海外留学時に覚えたのだろうか。よくない事が起きたときに、いつもこの言葉を発している。普段は「Shit!」や「Oh Shit!」をよく使っているが、極めて良くないことが起きたときに「Holly Shit!」が出たこともある。「Shit」は直訳すると「うんこ」のことだ。「クソッ!」というニュアンスでよく使われる言葉だが、正直言って下品なワードである。普段はよく笑う明るい女性からこのワードを聞くと、何とも言えない気持ちになる。

次に長谷川さんの癖だ。彼女の癖はズバリ「舌打ち」である。吉田さんの「Shit!」と同様に、良くないことや嫌なことが起きたときにすぐ「チッ」と舌を打つ。テレアポをしているときなどによく聞く。数十件かけてもアポが取れないときや、相手に不愛想な対応をされたとき、ガチャ切りされたときなど、受話器を置いた瞬間に舌打ちをする。酷い時は受話器を置く前にするものだから、聞いているこちらとしては相手に聞こえていないか冷や冷やものである。この癖に関してはさすがに駄目だと思い、俺や中山課長からも定期的に注意をしている。長谷川さんもその時は「気を付けます」と反省するのだが、どうしても出てしまうらしく、一向に改善される気配がない。最近は「まあ癖なんで」と開き直りだしたので手に負えない。

俺も中山課長も半分諦めかけていたのだが、昨日から今日にかけて、事情が少し変わってきた。少し大げさかもしれないが、意外な救世主が現れたのである。

昨日も長谷川さんは不機嫌そうにデスクで仕事をしていた。そしていつも通り舌打ちをした。

「チッ」

「…ピッ」

偶然にも彼女の舌打ちと松さんの「ピッ」が重なった。先述の通り「ピッ」はくしゃみをした後以外にも出ることがあるため、あり得ない話ではない。

長谷川さんは得意先と電話を始めた。良くないことがあったらしく、ひたすら謝っている。少しして電話を切った。

「チッ」

「ピッ」

俺は「ん?」と疑問を感じた。今回も舌打ちと「ピッ」が重なった。

この現象はその後も何度か続いた。これは間違いなく舌打ちが引き金となって「ピッ」が出ている。松さんはワザとやっているのだろうか、それとも反射的に出ているのだろうか。

「チッ」

「ピッ」

俺はこの癖のアンサンブルがおかしくて、笑いをこらえるのに必死になっていた。当の長谷川さんもこの事象に気付いたらしく、松さんに対して「それ、やめてくれません?」とキレ気味で申し入れた。松さんはというと「反射だからコントロールできない」「舌打ちがなくなればやめられる」と返答。長谷川さんは強気で「こっちも反射なんで無理です」と言い返す。松さんは「癖のコラボレーションだ」「長谷川 feat.松永だ」などとよくわからないことを言い出した。何ターンか不毛な押し問答が続き、結局結論は出なかった。長谷川さんはかなり不満げな表情である。

俺は、その後の展開がどうなるか、スルメを噛みながら見守った。この険悪なムードが続くのは、チームにとって良くない。ただ俺にできることがあるとも思えなかった。しかし、俺の心配に反して事態は良い方向に転がった。なんと、長谷川さんの舌打ちがぱったりと無くなったのである。

もしかして、松さんは舌打ちをやめさせるためにわざと癖のコラボレーションをしたのだろうか。長谷川さんが席を立ったタイミングでその疑問を松さんにぶつけてみた。彼は「ただの反射だ」と答えるだけだった。

昨日はその後も最後まで舌打ちを聞くことはなかった。そして、それは今日になっても変わらなかった。おかげで、不快な気持ちや余計な心配がなくなり、職場の雰囲気が良くなった気がする。意図していたかどうかは別として、結果的に良くない癖をやめさせてくれたのだから、松さんに感謝しなくてはならない。

結局、舌打ちを聞くことなく今日一日が終わった。完璧にやめられたようである。

定時を過ぎ、松さんは「お先に」と残して事務所を出て行った。

「ハーーックション ピッ!!」

静まり返った事務所に、松さんの大きなくしゃみが響いた。

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