【怖い話】生垣の向こうの女

友人のAが子供の頃に体験した話だ。

当時小学4年生だったAは、毎日同じ通学路で学校に通っていた。田舎の古ぼけた住宅街を抜ける道である。

この通学路の途中に、歩行者しか通れない細い路地があった。人とすれ違うのにも苦労するくらいの、本当に細い道だったそうだ。片側には民家が十軒ほど立ち並んでいて、反対側は高くて白い壁に面していた。大人でも見上げるほどの高い壁だったらしい。そのせいで、この路地は常に日当たりが悪く薄暗かったという。

ある日、Aは学校で奇妙な話を聞いた。クラスメイトのBが、下校途中に路地沿いの民家から女の奇声を聞いたというのだ。「うわぁぁぁ」とか「ひぃぃぃ」といった意味不明な叫び声だったらしい。

Aには、路地沿いに以前から気になっている一軒の民家があった。路地に面して隙間なく生垣を植え付けている家だった。しかも、その生垣は対面の白い壁に負けないくらい背が高いのである。横に並んだ家々はどこもアルミのフェンスなので、子供の遊び道具や庭に干された洗濯物など、隙間から奥の様子が垣間見えるのだが、その家だけは生垣の密度が高すぎて一切見えない。Aはこの家を異様に感じるとともに「どんな人が住んでいるんだろう」という興味も抱いていた。

Bに詳しく話を聞いてみると、奇声が聞こえた民家というのが、この生垣の家だということが分かった。Bは明るく陽気な性格のため、Aは初め、彼が皆を楽しませようと作り話をしていると思った。だが疑うAに対し、Bは「絶対に聞こえた」と言い張ってくる。結局その日、AとBは一緒に下校して真偽を確かめることにした。二人は好奇心旺盛なところが似ていた。どちらも恐怖は感じていたものの、真相を知りたいという興味の方がそれを上回った。

放課後、AとBは約束通り民家へと向かった。緊張のせいか、どちらも言葉数が少ない。

路地の手前まで来て二人は立ち止まった。大きく深呼吸して心を落ち着かせる。Aの「行くぞ」という声とともに、二人は足を踏み出した。民家側から少しでも距離を取りたくて、壁側に身を寄せて歩く。

例の家は、路地のちょうど真ん中くらいにあった。異様に密集した生垣が少しずつ近づいてくる。二人は恐る恐る、無言のまま歩を進めた。どこからか、カラスの声が聞こえてくる。

生垣の前までたどり着いた。奇声は聞こえない。二人はその場で少し待ってみることにした。狭い道の上に座り込み、息を殺してじっと待つ。

そのまま五分ほどその場にいたが、奇声は聞こえなかった。

「やっぱり嘘だったんだろ?」

帰り道、Aが聞いた。

「絶対に聞こえたんだよ」

Bは不貞腐れるように答えた。

次の日、二人は別々に帰宅した。Aはいつも通り路地を通った。生垣の前では一応耳を澄ませてみたものの、やはり何も聞こえなかった。

「昨日あの路地通ったか?」

翌朝、教室に入るとすぐにBが駆け寄ってきた。

「通ったよ。なんで?」

Aが聞き返すと、Bは「何か聞こえたか?」と尋ねてきた。Aは「いや、何も」と答えた。するとBは、小声で「実はさ、昨日また聞こえたんだよ。奇声が」と言った。

Aは、Bがふざけているだけか、もしくはただの空耳だと思って相手にしなかった。だが、Bは「絶対に聞いた」と言って譲らない。

「頼むからもう一回一緒に行ってくれよ」

結局、Bの懇願により、その日も一緒に帰ることになった。

放課後、二人はまた生垣の民間へと向かった。

二日前と同じようにゆっくりと路地を進む。生垣の前に着き、声を押し殺して何かが起きるのを待った。

五分ほど経ったが、結局何も起きなかった。二人はその場を去ろうと立ち上がった。

その時、Bが震える声で「聞こえてる…」と言い出した。Aには何も聞こえていない。

「聞こえてるじゃないか!」

Bが叫ぶように言った。それと同時に、生垣の方から「ガサガサ」と音が聞こえた。Aが慌ててそちらに目をやると、生垣が小刻みに揺れている。風は吹いていない。もしかしたら、向こう側に誰かいるのかもしれない。

「うわああ」

その時、Bが突然叫び出した。目線は生垣の上を向いている。Aがそちらを見上げると、そこには長い黒髪の女がいた。生垣の上から顔を出し、無表情でBの方を見つめている。やせ細った色白の女だった。

二人は急いでその場から逃げた。全速力で、できるだけ遠くに。

路地を抜け、数百メートル走ったところで体力が限界に達し、立ち止まった。二人とも息が切れ、膝に手を置いている。

「なんだよ、あいつ」

AはBに尋ねた。

「知らねえよ。どう考えてもおかしくないか?」

Bが聞き返す。Aは、Bが言いたいことが何かを悟った。女には確かにおかしな点があったのだ。生垣の高さは大人でも見上げるほどである。なぜ、そんな高さから顔を出すことができたのだろう。

「もしかして…足長女…」

Bが恐怖と不安を含んだ声で言った。足長女…それは、二人が住む地域で昔から都市伝説的に語られてきた存在。異様に足が長く、不気味な女で、彼女に目を付けられた者には災いが起きる。そんな風に言い伝えられていた。

「ただの作り話だろ?」

「でも実際にいたじゃないか!無表情で俺の方を見てた!」

Bは、自分が目を付けられたのではないかと不安を感じている。Aは「大丈夫だよ。ただの住人だって」とBに言い聞かせた。

次の日から、Bの様子がおかしくなった。常に放心状態で、話しかけてもまともな返答がない。「どうしたんだよ」と聞いても「放っておいてくれ」と言って机に顔を伏せてしまう。目に力がなく、休み時間もずっと机から離れなくなった。

あの一件以来、Aは路地を通らずに通学した。かなり遠回りになるが仕方がない。

Bも同じように道順を変えているようだった。Aは何度か「一緒に帰ろう」とBを誘ったが、毎回「一人で帰りたい」と断られた。

その内、Bは学校に来なくなった。心配して家に会いに行っても「誰にも会いたくない」と言って部屋から出てきてくれない。結局、その後もBが学校に来ることはなかった。

時が経過するにつれ、Aの中でBの存在は遠いものになっていった。そんな中、中学2年生になったAは、久しぶりにBの姿を目撃する。その日、Aはたまたま路地の横を通りがかった。その場所からは細く伸びた路地が一直線に見える。Aがなんとなく路地の方に目をやると、生垣の前にBが立っていた。直立して生垣の上を見つめている。「何をしているんだろう」と思い、Aはその場で様子を見ていた。しばらくしてBはその視線に気づき、路地の反対の方へと走り去っていった。

事件は翌日に起きた。あの生垣の家で火災が発生したのだ。炎はなんとか消し止められ近隣へ燃え移ることはなかったが、生垣の家は全焼してしまった。

報道によると、幸いにも怪我人はいなかったらしい。また、驚くことにその家は十年以上前から空き家だったとのことだ。

数日して、嫌な情報がAの耳に入ってきた。火事の原因は放火で、犯人はBだったのだ。情報によると、Bは取り調べに対して次のような意味不明の発言をしているらしい。

「足長女に殺される」

この発言の真意はなんなのか。小学生の時の出来事が関係しているのか。なぜ、空き家のはずの家にあの女はいたのか。放火の前日にBは生垣の前で何をしていたのか。

答えは全て闇の中である。

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