「営業って何だろう」
最近いつも考えている。
顧客の課題を解決すること?
潜在的な需要を掘り起こすこと?
なりふり構わず売り込むこと?
人によって色々な考えがあると思うが、俺にはまだ明確な答えがない。営業という仕事を5年以上やっているが、結果はいつも散々だ。「営業に答えがあるなら教えてほしい」と切実に思う。
「俺、営業の答えがわかったっす」
突然、俺の心を読んだかのようなセリフが飛んできた。言葉の主は俺とは違うチームの「THE 営業」といった感じの後輩だ。名前を力丸と言う。
俺が「え?いきなりどうしたの?」と聞くと「また契約決まっちゃったんっすよ」と返してきた。すごく馴れ馴れしい態度だ。少なくとも俺はこの男に全然馴れていない。
面倒だったので「そうなんだ」くらいの返事だけして受け流そうと思ったが、力丸は俺の反応を待たずに話を続けた。
「1時間以上商談してたんすけど、仕事の話は最後の3分くらいっすよ?それ以外は世間話だけ!」
彼は私立のマンモス大学出身でラグビーをやっていたゴリゴリの体育会系だ。もちろん現在もジムに通っており、肉体作りには余念がない。一年中焼けた肌に、サイドを短く刈り上げたツーブロックスタイル。限りなく青に近い紺のスーツをいつも着ている。
文系出身、筋肉皆無。色白で髪の毛ぼさぼさ。地味なスーツしか着ない俺とは正反対だ。髪型だけでも真似しようかと思ったりもするが、店員になんとオーダーしていいかわからないので、諦めている。そもそも、俺の行きつけの床屋「1000円カット DO MY BEST」はツーブロックに対応しているだろうか。
「こうゆうこと、たまにありますよね!?」
力丸は空気を読まずまた話を続けた。
「ああ、たまにあるね」
変に力の入った声で俺はそう答えた。そんな経験、これまでに一度もないのに。
「やっぱ営業って、どれだけお客さんと仲良くなれるかっすね!それが答えっす!」
力丸はそう言い残し「じゃ」という言葉とともに去っていった。そして、別の社員のところへ行ってまた同じ話をしているのだった。
俺は「調子に乗りやがって」と苛立ちつつも、心に何かが引っ掛かっていた。それは「もしかしたら、彼の言っていることが正しいのかもしれない」と思えたからである。
理由は、先日読んだ「引き寄せの法則」についての書籍だ。そこにはこう書かれていた。
「強く願えば、望んだものが手に入る」
営業について悩んでいた俺は、読了後、「営業力が向上した自分」を強く願って生活してきた。具体的には、営業で結果を出して表彰される自分をイメージしてみたり、毎朝鏡の前で「俺は営業力がある」と唱えてみたり、パソコンのパスワードを「orewa.eigyouryoku.sugoi」にしてみたりといったことである。
このことから考えると、先程の「営業はどれだけお客さんと仲良くなれるか」という力丸の言葉は、俺が引き寄せたものなのかもしれない。いや、そうに違いない。きっと、宇宙のパワーが俺に届けてくれたギフトなのだ。そうとわかれば、あとは実践あるのみ。早速午後の商談で試してみよう。
「お客さんと仲良くなる」
俺はそう呟いて商談先の会社の門をくぐった。
「担当の米津です。お忙しいなか来てもらってありがとうございます」
出迎えてくれたのは担当者のおじさんだった。新規のアポイントのため、これが初対面だ。腰が低くて、見るからにいい人そうである。
「今日はいい天気ですね」
いつもはすぐに仕事の話を切り出すが、今日はまず世間話から入ろうと考えていた。そこで、ありきたりではあるが天気の話を振ってみた。
「そうですね。天気と言えば、今年の6月はほんとに雨が降らなかったですね」
米津さんは思いのほか良い反応をしてくれた。今日の話からいきなり6月の話に飛んだことに若干の違和感を感じたが、それほど気にはしなかった。
「確かにそうでしたね。農作物にもかなり影響が出たらしいですよ」
俺はどこかで読んだ新聞の記事を思い出してそう言った。
「そうなんですか。でも、6月に雨が降らないなんて、仕事が遅い蕎麦屋みたいですね」
「え?」
「どちらも『つゆが来ない』でしょう」
「え?」
俺は突然のことに頭の回転がついてこず、米津さんが何を言っているのかさっぱりわからなかった。少し間をおいて、それが謎かけであることに気が付いた。慌てて「お上手ですね」と言い、拍手をしてやった。米津さんは満足げな表情をしている。
俺は内心「この人大丈夫か?」と思いながらも、さらに距離を縮めようと努めた。変な人でもお客さんであることには変わりない。もしかしたら、引き寄せのパワーで引き寄せた、有望顧客かもしれないのだ。
「米津さんは何かスポーツしてましたか?」
俺はまたありきたりな話題を振った。こんな話題しか出てこない自分が恥ずかしい。
「野球をやってました」
「プロ野球はどこのチームを応援してるんですか?」
俺はジャイアンツファンなので、もし米津さんもそうであれば、話が広がると期待した。
「どこのファンというのはないですけどね。よくドームに観に行ってますよ」
残念ながら、期待通りとはいかなかった。
「目当てのチームがないのに観に行くなんて、米津さんはよっぽど野球が好きなんですね」
俺は思ったままを口にした。
「プロ野球は国民的なスポーツですからね。観に行ったことがない人はいないでしょう」
米津さんのこの返答になんとなく違和感を感じた。不自然というか、無理やりというか…彼はさらにこう続けた。
「大流行している病気と同じですね」
「はい?」
「誰もが一度は『かんせん』するでしょう」
また謎かけだ!
俺はそれに気づくとに「お上手ですね」と言って先ほどと同じように拍手した。米田さんはやはり満足げだ。
「この人、やっぱり変だ」そう思いつつ、話を続けた。
「米津さん、すごくオシャレですね」
正直に言うとそうは思わなかったが、身につけているもののチョイスが個性的だったので、褒めてみようと考えた。
「そんなことないですよ」
彼は否定しながらも嬉しそうな表情をした。
「そのシャツとネクタイの組み合わせは、凡人には着こなせませんよ。すごく似合ってます」
俺は少し大袈裟に褒めた。
「実を言うと、服装にはこだわってるんです。人は見た目が10割とも言いますしね」
米津さんは満更でもなさそうである。
「初めにお会いした時から『オーラがちがうな』と思ってたんです。私も米津さんを見習います」
俺はとにかく褒めちぎった。これでかなり気分が良くなっているはずだ。「仲良くなるためにはまず褒めろ」と何かの本で読んだことがある。
「整いました!」
「え?」
「私、米津とかけまして、パイロットのサポート役と解く!」
また謎かけだ!米津さんは何かを期待するかのような表情でこちらを見つめている。
「米津さんとかけまして、パイロットのサポート役と解く。その心は?」
俺は期待に応えてあげた。
「どちらも『ふくそうじゅうし』でしょう。」
少し考えて、「服装重視」と「副操縦士」を掛けていることに気づいた。
「お見事!」
俺はまた拍手をした。米津さんは今までで一番満ち足りた表情になった。さらには、ジャケットの両襟を握って「米津っちです」などと言い出す始末。完全に調子に乗っている。

その後もいくつか謎解きを交えつつ会話は続いた。おかげで米津さんとはかなり距離が縮まった。ふと時計を見ると、商談開始から90分が経過している。俺は「そろそろだな」と思った。
「では、今日のところはこの辺で失礼します。あ、最後に弊社のサービスを5分だけ説明させてください」
あくまでも「ついでに」感を出してそう言った。
米津さんは「どうぞ」と答えた。そして、「うんうん」と頷きながら説明を聞いてくれた。
なんだか契約が決まりそうな気がする。受注できたら絶対力丸に自慢してやる。「俺は90分世間話をして契約を決めたぜ」と。そんなことを考え、期待に胸を膨らませた。
「私からのご説明は以上です」
そう言い終えて、米津さんの反応を待つ。室内は静まり返った。心拍数が上がっているのがわかる。
「実は今、社員募集してないんですよ」
俺の頭上に「?」が5個くらい浮かんだ。俺が営業しているのは求人サイト。当たり前だが、ターゲットは人材を欲している企業だ。社員を募集していない企業にアタックしても意味がない。もちろん「今後検討するときの参考に」ということでオンラインで情報提供くらいはすることがあるが、今日みたいに遠くまで時間をかけて出向くことはない。今日は片道2時間もかけて来たのである。大手企業なら話は別だが、米津さんの会社は小規模だ。というか、そもそも電話でアポイントを取った時、米津さんは「今ちょうど募集しようと思って求人サイトを探していたところ」と言っていたのだ。だから俺は大きな期待を持ってこの商談に臨んだのである。
「お電話の際は『募集している』とのことでしたが…」
俺は率直に質問をぶつけた。
「そんなこと言いましたっけ?」
俺は耳を疑った。あり得ない。俺には間違いないという自信がある。危うく「ふざけるな」と声に出しそうになった。だがそんな強気な態度を取れるはずもなく、怒りを押し殺して穏やかに対応した。結局、なぜ電話の時に事実ではないことを言ったかは謎のままである。
半ば放心状態で最後の挨拶を交わし、社屋を出た。「完全に時間を無駄にした」と肩を落として営業車に乗り込む。
ここ最近、空振りの商談が続いている。全く契約が取れていない。数えてみると、これで十連敗だ。
夕暮れの高速道路を飛ばしながら、色々なことを考えた。
そして、整った。
私、しげるの営業とかけまして、遅れてくる人が多い飲み会と解く。
その心は…
どちらも『かんぱい』が続くでしょう。
ありがとうございました。



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